物語.36

「5×100の揚物。3×60の生食。以上です」

「ありがとうございます!合計680円でございます」

この店では、揚物や生食に煮込みなどを種類で分け、レジ担当者と売り場担当者で分かれさせ、点呼させるシステムをとっている。

普段はそこまで忙しくないのだが、そこはやはり年末。売り場にはお客がずらりと並び、店員の掛け声が威勢良く響いている。

私が一番驚いているのが、由香の柔軟性の高さだ。レジ操作はまだ、おぼつかないのでやらせていないが、売り場での立ち居振る舞いは奇跡的な動きとしか言いようがない程だ。

既に、東野君に至っては指示をされている。こんなことを言っては、友人に申し訳悪いのだが、ナレーション系の仕事ではなく、こちらの世界に入った方が目が出るのが早そうだ。

「ちょっと!店長!揚物がヤバいっす」

「え?あ、本当だ!ごめん、即効で私揚げて来るね」

「沙織、ダッシュダッシュ!」

「わかってるわよ」

なんなんだろう。本当は、かなり忙しくてつらいはずの売り場がとっても楽しい。

そういえば、私が店長になってから、この売り場はとっても明るくなったと評判だ。今までは、鋭い目つきでお客さんを見ては悪態づいた接客をし、周囲のテナントを恐怖に怯えさせていたそうだ。

それが、今は友人のような接客に変わり、ふわっとしたアットホームな雰囲気になってきているそう。そういえば、おでんの味を関西風の澄んだ出汁にしたのも大成功だった。

二子玉川には、一目で裕福な生活をしているとわかる淑女で溢れているが、そんな方達にも大好評を得ている。

中には「ここのおでん意外は食べることができない」という方もいる程で本当に嬉しい。全く、これだから接客業は辞めらない。しかし、後は売り上げなのだが…。

「あっ!痛っ!」

地下にある厨房に走って向かっていった私は、勢いのあまり誰かにぶつかってしまった。

「すみません!大丈夫ですか?」

「あ、えぇ…。こちらこそすみません…」

「え…。嫌、僕の方こそ」

えらい顔立ちの整った青年だ。パッ見、俳優の卵ですか?と聞きたくなるような風貌だが、制服からスターバックスのようだ。

「あの、こ、これよかったら」

「え、いや。大丈夫ですから」

「いえ、お願いします。お詫びをしなくては、僕の気持ちが収まりません!」

これは、かなりレアなキャラクターだ。そうも体育会系の雰囲気も感じる恐ろしさを感じる…。私の苦手なタイプだ。

「わかりました。ありがとうございます」

「よかった!お待ちしております!」

この背の高い男性は無料ドリンクチケットを2枚くれたが、どうも好意があるなどのロマンチックな雰囲気では無く、本気で申し訳なさを帳消しにしたかったといった印象だった。

「まぁ、いいや。後で由香と行こう」

そう思い、とにかく厨房で足りない揚物を大急ぎで調理していった。

つづく

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