坂田栄一郎 ― 江ノ島 2013年7月13日(土)〜9月29日(日)原美術館で開催

 

「江ノ島」 1999 年 ⓒ Eiichiro SAKATA

人物写真(ポートレイト)の大家、坂田栄一郎による“人のいないポートレイト”を中心としたシリーズ「江ノ島」を初公開。「江ノ島」は、坂田が 90年代後半より16年間江ノ島海岸に通い、夏を謳歌する人々の姿を撮りためた作品で、砂浜に広げられた無人のレジャーシート上のさまざまなモノたちをとらえた鮮烈な静物写真(スティルライフ)と、生命力あふれる若者たちのポートレイトから成る。すべて初公開となるカラー写真約40点(そのうちポートレイトは約10点)で構成される予定。

「若者たちの姿からポジティブなエネルギーを感じて、複雑で先の見えない時代を生きるみんなに元気になってほしい」。魂をこめて対象と向き合いつつ、鋭い観察眼で時代をとらえ続けてきた写真家・坂田栄一郎の、未来への願いが込められた展覧会となる。

「江ノ島」 1998 年 ⓒ Eiichiro SAKATA

【メッセージ】

1997年から 2012年まで16年間、江ノ島の海水浴場に通って撮影しました。弁天様の祀られている江ノ島には、何か不思議な空気が漂っていました。その磁場に引き寄せられるように、実に生き生きとした若者たちが、全国津々浦々から集まってきていたのです。
1997年、8x10カメラを携えて浜辺を歩いていると、はっとするような光景と出会いました。それは砂浜に無造作に置かれた持ち物でした。ブランドのバッグ、キャラクターのぬいぐるみ、靴、飲みかけのドリンクなどが雑然と散らばり、人が不在でも、そこには持ち主の人物像や存在感が浮き彫りになっていたのです。これはまぎれもなく人間の写真、「ポートレイト」だと感じ、感情を強く揺さぶられました。「マルチタスク術」を身につけた若者たちが、音楽を聴きながら、飲み、食べ、煙草を吸い、化粧し、ポケベルの音に気付いては公衆電話に飛んでいき、携帯電話が登場すると、会話を楽しんだり、写真を撮ったり、メールを送信したりと大忙し。それは世界のどこにもない現代日本ならではの光景でした。快適だけど忙しく、豊かだけど満たされない、混沌とした現代を象徴するような寂寥感も漂っていました。
機材は8x10、4x5、6x6を使用、また、ずっとフィルムで撮影しています。撮り続けていたある時、砂浜で一人の少女と出会ったのです。話している内に彼女のオーラに魅せられ、強い生命力を感じて、ポートレイトを撮らせてもらいました。それがきっかけで江ノ島に遊びに来ている若者たちのポートレイトも撮るようになりました。時代の流れは、砂浜の風景でさえ変えていくことに驚きを覚えます。90年代にバブルが崩壊した後も、江ノ島はその爛熟、エネルギーをまだ残していましたが、年を追うごとに、砂浜に置かれた持ち物の表情も素朴で静かなものになっていきました。これまで心の揺さぶられるままに、膨大な数のシャッターを切り続けましたが、納得のいくものが一枚も撮れなかった時期もあります。
私は、人が発する気を受け止めてそれと対峙し、自分自身の魂を生き返らせるようにして写真を撮っています。また写真を通して社会にメッセージを発信したいと考えています。
ぜひ、この展覧会からポジティブなエネルギーを感じて、複雑で先の見えない時代を生きるみんなに元気になってほしい、と願っています。

坂田 栄一郎

【プロフィール】
1941年、東京都に生まれる。日本大学芸術学部写真学科卒業。
田中一光、和田誠、篠山紀信など多くのクリエイターが在籍したことで知られる広告制作会社ライトパブリシテイに勤務の後、1966年に渡米。
ニューヨークで写真家リチャード アヴェドンに師事する。
1970年に初個展「Just Wait」(銀座ニコンサロン)を開く。
1993年には写真界の大型国際イベントとして知られる「アルル国際写真フェスティバル」(フランス)に招待され、写真展を開催、同時にワークショップを行なう。またアルル名誉市民賞を受賞。週刊誌「AERA」(朝日新聞社)の表紙を飾る人物写真を 1988年の創刊号から現在まで撮り続ける。
2004年、東京都写真美術館で個展「PIERCING THE SKY-天を射る」を開催。
2005年に第24回土門拳賞ならびに日本写真協会賞・作家賞を受賞。

【作品集】
1985年 「注文のおおい写真館」 流行通信社
1990年 「Talking Faces」 六耀社
1995年 「amaranth」 朝日新聞社
2004年 「PIERCING THE SKY-天を射る」 求龍堂
2006年 「JUST WAIT」 求龍堂
2008年 「LOVE CALL 時代の肖像」 朝日新聞出版

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