アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 33

クメール王朝の権勢と国内に暮らす人々の豊かな生活をリアルに描く壁面のレリーフ

~ カンボジア アンコール・トム バイヨン 2 ~

9世紀から15世紀までの長い期間にわたって、東南アジアに広大な領土をもったクメール王朝は、ジャヤヴァルマン7世の時代に最盛期を迎える。広々とした敷地に帝都アンコール・トムを築き、その中心に仏教寺院のバイヨンを建造した。敷地中心のテラスには、196面にも及ぶ四面仏像が林立して聳える。各々の観世菩薩像の表情には、「クメールの微笑」と呼ばれる笑みを浮かべ、クメール王朝に暮らす人々を暖かい眼差しで見守っている。

一面に仏像が高々と聳える光景には圧倒されるが、少し視線を下に向けると、中央テラスを囲む第二回廊の柱には、ヒンドゥー教の女神、デヴァターが静かに佇む。豊満な胸とお臍を露わに出し、魅惑の微笑みを湛えながら正面を向いている。くびれた腰の柔らかな曲線には艶めかしさを感じさせる。仏教寺院の中に、ヒンドゥー教の神が描かれるというのは異様な光景でもあるが、クメール王朝が仏教とヒンドゥー教を交互に信仰してきた歴史が刻み込まれているのだ。

第二回廊の外側には、第一回廊が取り囲み、バイヨンの最外周が築かれている。東西160メートル、南北140メートルにわたる回廊の壁面には、ぎっしりとレリーフが並ぶ。アンコール・ワットを構成する回廊と同じように、壁面には歴史絵巻が描かれているのだ。

約630年にわたって強大な力を誇ったクメール王朝ではあるが、常に平和な状態が維持できたわけではなかった。隣接する諸国から度重なる侵略を受けた。一時的には帝都を占領されたこともある。12世紀末には、現在のヴェトナムからチャンパの侵入によって帝都は占領された。このチャンパ軍を追い払ったのが、ジャヤヴァルマン7世だ。チャンパ軍を追い返すばかりでなく、チャンパ領土内にも侵攻し、クメール王朝最大の版図を築いた。

第一回廊の壁面にはレリーフで、チャンパ軍との交戦の様子が克明に刻み込まれている。象の背中に据え付けられた篭に腰を掛ける指揮官、馬に跨る兵士、その前後には夥しい数の歩兵が一直線に並んでいる。兵士たちは壁面に刻まれているため、必然的に直線状に並んでいるが、実際の行軍の様子を忠実に再現しているように見える。刀や槍を持って進軍する兵士の姿には、逞しさや力強さが漲っている。これだけの組織的な大軍が押し寄せてきたとなると、敵兵は引かざるをえなくなるだろう。交戦の様子は陸上戦だけではなく、軍船を使った水上戦が描かれ、すさまじい戦争の様子が記録される。実際に1190年頃に、クメール王朝はチャンパを制圧した。

回廊には、隣国との交戦の様子ばかりではなく、国内の人々の生活の様子も刻まれている。食料を得るために漁や狩りをする姿、出産の様子、市場での商売の風景などが、当時の日常生活を今に伝えている。闘鶏、将棋、相撲で楽しむ人々の姿には、平和な国家の中で娯楽を楽しむことができたことを表している。中には曲芸師、トラに追われて木に登った僧侶など、ユーモラスな場面もある。クメール王朝の強さばかりでなく、豊かな国土を描き残すことを目的としたのだろう。

バイヨンのレリーフは、アンコール・ワットと比較すると彫りが深く、立体感を感じとることができる。どのレリーフも人間や動物の表情には生気が満ち溢れ、白い石の表面からは体温や匂いまでもが伝わってくるようだ。バイヨンは、クメール王朝で信仰される仏教世界の中心でありながら、王朝の権勢と国内に暮らす人々の豊かな生活を記録する絵巻を掲示しているのだ。

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