小さな七輪を使うため、勇一は墨とチャッカマンを取り出してきた。「ちょっと安全な場所でやろう」「ベランダって使える?」「大丈夫だよ」梶原君と勇一はテンションを上げたまま、ベランダへ向かい、外で凍えながら火を着ける努力をしている。一方私は牡蛎を焼き、鰤などもしっかり下ごしらえをしていた。
「沙織って料理できたんだね」
「ちょっと、何言ってるの?上手くは無いけどするよ」
「私、全然ダメなんだよねぇ」
「ダメって…。毎日どうしてるの?」
「惣菜買って…ビール飲んで終了?ははは」
「もう…。良い歳なんだからよしてよ」
「何かさ、彼氏とかいると作るんだけど、1人だとやる気にならなくて」
「あぁ。それは分かるよ。1人の時も結構作ってはいたけど、簡単なものばかりではあったわね」
「でしょ?そして、食器を洗うのすら面倒になってきて、最終的にパック詰の惣菜。これって仕方ないわよね」
「仕方なくはないけどね。気持ちは分かるわよ」
何とも切ない気持ちになってたが、七輪の中の墨に火が着いたらしく、ベランダから真っ白な顔をした男性が2人部屋に戻ってきた。
「今日、寒っ!手が凍りそうだよ」
「取り敢えず火は着いたんで、お餅焼きましょう」
「いぇーい!楽しくなってきた!」
今回、何も手伝っていない由香が俄然張り切りだす。それにしても、正月に七輪で焼いた餅をお雑煮で食べるなんて、かなり贅沢だ。
実家にいた頃は、おじいちゃんや近所のおじさん達が、つきたてのお餅を醤油やバターにつけて食べさせてくれた。しかし、七輪で焼くということはしなかった。
「餅って切れ込み入れるの?」
「いや…わからないですけど…。そっちの方が雰囲気は出そうですね」
梶原君が近くにあったナイフでバツ印に餅に切れ込みを入れた。確かに、膨らんだ後の映像は切れ込みがあった方が盛り上がる。
七輪に乗せた餅の焼け具合を固唾を飲んで待ち受ける良い大人である4人の男女。その状況に笑いそうになったが、私はじっと唇を噛み締めて我慢していた。