月の企て—Moon Effect

人類がまだ類人猿と呼ばれていた頃、人間は闇に対して抵抗する手段を持たなかった。そして、闇の世界の唯一の救いが夜空に輝く月だった。
その一方で、月の満ち欠けは、人間の心理に大きな影響を与えているようだ。大分昔のことで恐縮だが、アメリカの警察で、満月が人間心理に及ぼす影響をデータによって確認しようという試みがなされた。つまり犯罪増加との因果関係に於いてである。

自然科学はもとより、音楽、文学、心理学、映画などあらゆるジャンルで扱われていながら、未だミステリアスな部分を残す月……。
月を意味するラテン語は「ルナ(Luna)」で、それから派生した語に「ルナティクス(Lunaticus)」がある。それが英語になると「ルナティック(Lunatic)」すなわち「狂人」。月を見ると狼に変身してしまうという「狼男」の話しを連想してしまうのでは……、しかし元のラテン語Lunaticusには、月に棲んでいる人、月の女神に愛でられた人、という意味があったそうだ。
エジプトのイシス神にせよ、ギリシア神話のアルテミスとセレナ、ローマ神話のディアナ……月の神様はみな女神なのだ。
日本では、花鳥風月の風流で月を愛でるばかりではない。
竹取物語の中には”月のかほ見るは忌むこと”といって、月を見てはいけなかった。また、同じように源氏物語にもある。
では、それはどこから来たかといえば、中国の「白氏文集」(唐の白居易の詩文集)に、”莫対月明思往事 損君顔色減君年”月を見て昔を懐かしむと却って早く老けるから、月を見てはいけない、ということだったらしい。古よりアンチエージングは人間の永遠のテーマだったのだ。
洋の東西を問わず、月は愛でるだけではなく、タブー視し忌むこともあり、いわば諸刃の剣のようなものだったのだ。
ところで、日本は日出づるところの国と言って、太陽のイメージのつもりになってはいるが、意外とヨーロッパでは西洋が太陽で、東洋は月というイメージがある。キリスト教の一派、イエズス会のシンボルなどを見ても分かるように、太陽が描かれているのが多い。その一方イスラムはすべて三日月。イスラムの旗が何故三日月かといえば、古代オリエントの月信仰があったからだ、という説がある。そしてアラブ人いわく「砂漠に住んでいると、太陽など少しもありがたくない。潤いをもたらしてくれる月の方が、ありがたいのだ」と。
そんなことからアラブの国では、アケボノの缶詰が売れないらしい。その真偽
のほどは分からないけれど。
月が人間の生体にこれほどまでに影響を及ぼしているとは……現代人はなかなか月を眺めてもの思いに耽るという機会を持てないが、今まで漠然と月を眺めていた御仁も、これからは確かなイメージとともに月を眺めることができるのではないだろうか。

最後に、月にまつわる書籍をいくつか紹介しておこう。
夢野久作「月蝕」、日夏耿之介「月世界の男」、川端康成「名月」、山尾悠子「月齢」、久生十蘭「月光と硫酸」、折口信夫「日本美」、樋口一葉「月の夜」、北杜夫「月と狂気について」、永井荷風「町中の月」、萩原朔太郎「月に吠える」、梶井基次郎「檸檬」、内田百閒「冥土・旅順入城式」、ジュール・ラフォルグの「聖なる月のまねび」等々。これ以上上げると切りが無いのでこれくらいに、とにかく月にまつわる小説が数多いことがこれでおわかりになったと思う。
昨年、カナダのラバル大学の心理学者チームが、”月の満ち欠けは人間の精神状態に影響を与えない”という研究発表があった、まぁそれもアリだと推測する。とはいえ科学文明の世の中にあっても月と人間の心理は何処かで繋がっているのでは、そんな気がする……それは私だけの妄想に過ぎないのかもしれないが。

関連記事

アーカイブ

ページ上部へ戻る