玉座

“This royal throne of kings, this scepter’d isle”(王国の玉座にふさわしいこの島—英国を指す—坪内逍遙訳より)

シェークスピア「リチャード2世」の中の一節。王の伯父である大貴族ランカスター公の言葉で、しばしば引用される有名な語句である。

因みにこの物語を要約すると、英国王歴代の中でとびきりハンサムでおしゃれだったというリチャード2世。とまれ、彼の宮廷での生活はぜいたく三昧に明け暮れ、浪費に浪費を重ねる日々であったとか。その華美な生活を死守したいがため、臣民より容赦ない税の取り立てをし、あげくの果てにランカスター公の領地没収等々、彼の振る舞いは常軌を逸した。そしていつしかそれが仇となり、彼の人生は破綻に向かい、凋落への加速度が一気に彼を襲った。一脚の「玉座」をめぐって……。

リチャード2世の玉座は何年続いたか定かではないが、古代では椅子は権威の象徴だった。王侯、貴族だけが椅子に座ることができ、身分の低い者はしゃがむか或いは背もたれのない、単純なスツールしか使えなかったのだ。

ギリシャ語で椅子を示すスロノス(Thronos)が今日のスロウン(Throne)の語源となり、今でも「象徴」としてのメタファーをも併せ持つのである。

このように特別視された椅子、神々の座が古代のファラオや大王の玉座になり、それが中世の諸国王の権力者に受け継がれた椅子の歴史を眺めてくると、一脚の椅子に込められた、その時代の匂いなるものが皮膚にずしりと伝わってくる。

やはり椅子の歴史は、人間の歴史なのかもしれない。

さて、今日の一脚の「玉座」にどっかと腰を下ろせる御仁はいずこにいるだろうか……。

 

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