「寂れた駅こそアート」

日本人の美的感覚に外せない感性といえば、侘び寂びでしょう。

絢爛豪華というきらびやかな雰囲気では無く、古くどこか枯れた静けさの雰囲気の中に真の美しさを見いだす、日本人独特の感覚です。

さて、この侘び寂びですが、陶器や茶室などの定番品以外で、無意識で感じることはあるでしょうか?何となく近年の日本は、最先端の建築技術で作られた建築物や、インテリア、そして電子機器など侘び寂びとはちょっと違うアプローチの美意識に目覚めつつあります。

勿論、そのようなものが悪いわけでなく、新しい感覚としてどんどん受け入れていきたいところです。ただし、我々日本人が思わず“この感じ、いいね”と言ってしまうものって、結構侘び寂びを感じるものなのです。

そして、そんな建物とは“駅舎”です。近頃は東京駅も昔のデザインに復活して話題になりましたが、まだまだローカルな地域に行くとボロボロな駅舎を多数見かけます。都内であっても、何となく物悲しく駅員さんも1人という場所もあります。

普通であれば、早く立て替えた方が良いのでは?などと思うところなのですが、日本人の感覚として、この物悲しさが嬉しいんですよね。取り壊してしまい、新しくする。

こういうお触れ書きを見ると、住民だけでなく、関係の無い地域の方々まで悲しみます。この感覚というのは、まさに日本人ならではの感覚といって良いのではないでしょうか?何となく良い、侘び寂びを感じてしまう。

既に我々n埋め込まれたDNAなのでは無いのかと思うほどです。田舎の駅舎に行くとよくありますが、コケが屋根に生えていたり、木造ならではの劣化した感じなど、ある意味汚らしくアートとは無縁な印象も与えます。

しかし、この感じが良いのです。特に雨の日など特に良いかもしれませんね。寂れた地域で、より古い駅舎であれば尚更たまらないですよね。

近頃この侘び寂びの感性に魅せられる外国人も増加しまたが、やはり、この美的センスは日本人ならではのものです。鉄道マニアとまではいかずとも、旅行中には駅舎を回ってみるのも良いかもしれませんね。

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