アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 38

道教の寺院でありながら、道教と仏教のシンボル像がぎっしりと詰まる寺院

~ ヴェトナム ホーチミン フックハーイ寺/ゴックホアン殿 ~

日本の全国各地には夥しい数の寺院と神社が建立されている。寺院は仏教の教えを説く場、神社は神道の行事を行う施設であり、存在意義は異なる。でも、いずれにも信仰心が伴うため、境界線が不明確となる場合がある。寺院の境内も、神社の境内も聖域であることに変わりはない。本堂に祀られているものが何であっても、自然に手を合わせてしまうのが日本人の習慣だ。

明治維新による神仏分離令の公布前には、寺院なのか神社なのか定かではない施設も数多くあったようだ。今でも名前を聞かなければ、寺院なのか神社なのか区別ができない施設も少なくない。

日本に数々の文化を伝えた中国には、三大宗教が存在する。仏教、儒教、道教が混在し、各々の宗教に基づく寺院が建立されている。3つの宗教とも、日本に伝えられながら、宗教として根付いたのは仏教のみだ。儒教は宗教性が影を潜め、孔子や孟子の思想を追求する儒学として学問化し、道教は日本古来の天皇制や各時代の為政者から宗教として受け入れられることはなかった。日本で儒教や道教の寺院を見かけることはほとんどないが、中国を中心としてアジア諸国に行くと、エキゾチックな寺院に出くわすことがある。

ヴェトナムでも、ホーチミン市の中心市街地から北上したところに道教の寺院、フックハーイ寺、福海寺が建つ。ヴェトナムで数多く暮らす中国系の人が、1900年に道教の寺院として整備した寺院だ。

人通りの多い通りに面して構えられた入口の門から寺域に入ると、熱帯の樹木が生い茂っている。寺院の参道というより、植物園の中の緑のトンネルのような通路を抜けると広場に出る。中央に阿弥陀仏の文字が刻まれた、真赤な色鮮やかな祠が中央に立つ。その正面に、鮮やかなピンク色の壁が印象的な本堂のゴックホアン殿、玉皇殿の建物がある。本堂と祠の間には大きな池が水を湛え、中を覗くと夥しい数の亀が水面から顔を出している。寺院の入口に亀や鯉を売る店があり、ここで亀や鯉を買って池に放すと、徳を積んだことになるようだ。そのせいか池の中は、日本の通勤時間帯の満員電車が連想される状態

玉皇殿の掲示を見上げながら本堂に足を踏み入れると、正面には寺院の本尊となる玉皇大帝が祀られている。気高さや神々しさを感じることのできない人間味溢れる姿だが、玉皇大帝は道教の最高神とされている。三清が天空神として生まれ変わり、齢は130億年を重ねると言う。遠い昔に身を捨てて天の北を塞ぎ、万の衆生を生かしたと伝わる。薄暗い本堂の中には線香の煙がたちこめ、赤いロウソクの炎が大帝の姿を浮かび上がらせている。

玉皇大帝を取り囲むように道教の三清、神仙の像がぎっしりと並ぶ。道教に馴染みのない日本人には、各々の像を識別することはできないが、剣を携えた勇ましい像や、ユーモラスな表情をした姿を眺めていると飽きることはない。道教上のシンボル像の中に、宗旨外の観音菩薩像などの仏像が混じる。ヴェトナムでは、仏教と道教を明確に区別することはないようだ。互いに対立する要素がないため、仲よく共存しているのだ。

本堂の中には、小さな部屋が数多く備えられ、「地獄の十界」と呼ばれる空間がある。地獄で様々な拷問を待つ罪人達の姿が、木彫りのレリーフで物語られる。他の部屋では、大勢の女性が手を合わせている。多産にご利益のある神様の像が安置されているのだ。かつて恵まれなかった女性がこの寺院を参詣したところ、忽ち懐妊したという伝説が残っている。

 

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