森の残香(のこりが)

無性に木の香りを嗅ぎたくなった。

永代通りから門前仲町を左に入り目的の場所へたどり着く。車から降りると微風であったが、一瞬、潮の香りが身体を刺した。梅雨の一休みか、雲に混じって青空が時折顔を出す。憂鬱な鼓動も覚醒したのか私のケツエキは目まぐるしく活動し始めた。

日曜日と言うこともあって、チケットを求めて長蛇の列。招待券を持っていたので、人の群れに紛れ込むことなく展示室へ向かうことが出来た。のこぎり歯のような刃が、一定のリズムで入れ替わり立ち替わりそして過不足なく動くエスカレーター、あの容赦ないもてなしをする冷たい金属の踏み板が迎えてくれた、子どもの時から好きだった。

その作品はトルソーではなく、身体全てを表現していた、マテリアルは楠。イメージしていたものより、小さい気がした。

大理石の眼が嵌め込まれ、眼差しはどこかを見ている、でも見ていない。口をつぐんだ木彫、ほんの少し口を開けた木彫。モディリアーニのような首を傾げた木彫、一体の中に二つの顔の木彫。作品に近づき、匂いを嗅ぐ人、ぐるぐる回りながら色彩や素材を確認する人。船越桂の作品は、ジャコメッティやジャコモ・マンズーのような「激しさ」は感じなかったが生命の尊さをほんの少しだけ楠香が教えてくれた気がした。

作品で心惹かれたのは、壁に掛けられた畳半畳くらいの透明のアクリルケースに入ったドローイングだ。葉書サイズのもの、メモ書き帳に描かれたものが色鮮やかにアクリルに納められていた。木彫の完成品よりも、書き損じたデッサンや創作途中の葛藤メモの方が遙かに心を揺り動かされた、まさにそのマテリアルこそ森から生まれたものだから。展示室を出るとき、ある作品が私を一瞥したような気がした、思い過ごしか……。

入梅時期を迎えると、必ずこの造形を想い出すのである、あれから何年経っただ

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