「山本耀司という男」

このページを見ている方であれば、山本耀司という名を聞いて知らないという人はいないでしょう。日本はもとより世界を代表する有名デザイナーです。

1981年にパリコレクションでコム・デ・ギャルソンと同時にデビューし、世界中のファッション関係者、業界に衝撃を与える最重要人物でもあります。今度、彼の生い立ちから現代に至までのAtoZ書籍が発表されるとのことで、業界でも話題になっています。

さて、この山本耀司というデザイナーは服作りは勿論のこと、その自身の哲学と発する言葉でも、多くの人々に影響を与えています。

当時、パリコレで禁じ手とされている黒をメインにしたファッションショーは、とにかく大きな賛否両論を巻き起こし、悪とも善とも取られるファッション界への宣戦布告として話題になえいました。

ただ、そこから大きなブランドで活躍していく若いデザイナーのお手本にもなったり、自身の大成功のキッカケとなったりと、まさに紆余曲折あった人生だったようです。

さて、ファッション業界にいない方の場合、何となくデザイナーという仕事自体不透明な部分もあり、有名な方や雑誌やカルチャー雑誌などでもてはやされるバブリーな商売であるという勘違いが多いような気がします。

確かに、自分の思う芸術を最大限活かし、それを衣類というものに落とし込み表現させていくという、とても羨ましい職業であることは間違えありません。とはいえ、結果的にブランドだけで生計を立て、そして何年も生き残っていく。これは、見た目の華やかだけでなく、しっかりとしたビジネスの上になりたつことであると認識しておかなければいけません。

実際、この山本耀司も一度経営が最悪な状態まで落ち込んでいます。そして、民事再生法を活用し復活したものの、ここまでトップブランドであったことの最大の理由として、彼が本当のデザイナーである。

ということがあるからではないでしょうか?正直、個人的にはやはり彼の世代のファッションに日本のブランドが追いついているかは疑問です。それは、ファッションが好きかも…。

こんなテンションで行っているきらいがあるからかもしれません。日本のアートがこれからも世界という大きな舞台で活躍するためには、本当に夢を持ち続けるということが必要なのかもしれませんね。最後に山本氏が若い方へのメッセージとして残した言葉があります。

至る所にコンビニや自販機がある今の日本ほど、安い便利を生きている国はない。その中で、若者は夢が見つけられずに苦しんでいる。強いあこがれさえあれば、人間飲まず食わずでもやれるのです。

当たり前ではありながら、心に突き刺さる一言と行って間違いない言葉ですよね…。

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