物語.58

「すみません…。私、タウンジョブスの駒田と申しますが…」

「あ、はい」

「店長様はいらっしゃいますでしょうか…?」

「あの…。私です」

「も、申し訳ございません!」

午後2時。ほど良く暇な時間にお店にやってきたスーツ姿の青年は、申し訳なさそうに頭を下げている。総菜店ということもあり、私の風貌を見て一目で店長と分かってくれる人は今のところ誰もいない。

別にそんなことは、気にしていないのだが、このやり取りも面倒になってきた。

「あ、あの、店長様の店舗様では、え…っと…アルバイトの募集などはいかがなされておりますか?」

「募集はしようとは思ってるんですけど…まだ何もしてないですね。それが何か?」

「いや、なら良かったです。弊社、田園都市線沿線を中心にした求人をフリーペーパーで発行しておりまして、是非、高島屋様のテナント様のみなさまにもご利用頂ければと思いまして…」

“様”を連発されてしまうと、なんだか貴族になった気分なのだが、とにかく求人を出してくれと言うことらしい。

「願ってもないチャンスだわ!是非、お願いします」

勿論、そんなオイシい話を断ることもできず、二つ返事でOKを出した。

「ほ、本当でございますか?ありがとうございます!では、こちら…」

駒田さんはガサゴソと購入したて風な、ビジネスバッグをあさり出した。

「こちらが…そうですね料金プランになっておりますので」

「これですか?」

「はい。プランをご確認頂いて、再度御連絡いただければと思います!それでは、どうもお時間取らせてしまい申し訳ございませんでした!」

「あ、はい…」

こういったフリーペーパーに料金がかかることを知らなかった。というか、良く考えてみれば当たり前だ。目の前のことに夢中になって適当に話を進めてしまった…。

「休憩上がりました~」

「坂本さん!今さ、こんな人が来て…」

とにかく動揺してしまった私は、事細かに先程あったことを坂本さんに伝えた。

「店長…。なにやってんですか。ちょっとその紙見せてください」

「え…うん」

「いいですか、店長。1ページを使って1週間だけ掲載したとしたら、一体いくらだと思いますか?」

「1ページでしょ…?うぅん…。5千円?」

「はぁ…。42万円ですよ」

「よ、よ、よ…よんじゅうにまん!?」

「当たり前じゃないですか。でなきゃとっくにああいった会社なんて、経営できなくなってますよ」

「だよね、だよね…」

今日も何となく世の中の無情を知った。恐らく先程の担当に断りの電話を入れている私の背中は、とっても小さく見えていたに違いない。

つづく

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