「時代の流れはどういう影響を生み出すのか」

少しアートとは話がそれるかもしれませんが、ここ近年、各地域の商店街が“死の商店街”などと銘打たれては、その衰退振りがテレビなどのメディアのやり玉に上げられています。大型スーパーなどの出店により、近所の肉屋、魚屋、八百屋、衣料店などが、軒並みシャッターを閉めていくという、悲惨な状況を警告しているのでしょう。

さて、そんな状況が広まっていくのは、他人と関わりたくない、という感情も影響しているのではないでしょうか?

東日本大震災以来、人ととの繋がりを大切にするようなイベントやアート作品が増加しましたよね。

1人だけで作ったものを共有することなく1人の解釈で楽しむというアートの表現が増えていったシーンが、一旦“助け合いの素晴らしさ”という方向にシフトし、大勢の人で1つのものを作り上げる協力の素晴らしさを提唱する流れになっているような気がします。勿論、その流れは正しいでしょうし、人というのは1人で生きていけるものではありません。

そのため、こういった傾向はむしろ良かったのではないかとも思います。しかし、以前は孤独に生きて孤独に死んでいく人を“寂しい・ツライ・虚しい”などと、それはそれは恐ろしい生き方だと思うことが一般的でした。それが、アーティストでなくともです。

しかし、現代人の場合、こういった孤独死に関してそこまで恐怖心が無くなっている人が増加していることも事実です。大震災後、一時期は絆というテーマで家族や友人、恋人や他人を思いやる心が盛り上がりましたが、時間の経過と共に“絆疲れ”というのでしょうか…どうしても、孤独を選びたがる人は以前のままになっているのです。

他人に迷惑をかけてまで死にたくない、自分を否定されてまで何故会社で頑張る必要があるのだろうか…。

こういった他人への接触をさける傾向は間違いなく、商店街の壊滅にも繋がっています。実際、スーパーなどであれば一言も口を聞かずとも買い物を毎日することができます。しかし、商店街となるとそうはいきません。3回通えば、プライベートを突っ込まれます。そして、余計なことをいうと説教…。できるだけ、人間関係を回避したいといった方は増えていく一方でしょう。

すこしずつではありますが、アート作品も含め、こういった時代の流れは必ず影響を及ぼします。景気が悪い、だけで済ますのですは無く、根本を見つめ直すのも大切なことなのかもしれませんね…。

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