腐れ縁と武蔵野で忘憂

井の頭線の吉祥寺駅はすっかり変わってしまった、JR口通路までの通路が入り組んでいて迷子になりそうなくらいだ。
迷子と云えば、井の頭公園で一度だけあった。それは遠い昔のことだが、あの時の母の悲しそうな顔はいまだ忘れられずにいる。井の頭公園、正確には井の頭恩賜公園と呼ぶ、つまり皇室より賜ったものである。上野動物公園も頭に恩賜が付く、浜離宮も有栖川公園もしかり。まぁ下世話に云えば日本国の大地主、我ら平民に対し憩いの場を与えてくれた場所なのである。
迷子になった理由は失念してしまったが、小学校へ上がった頃だったから落ち着きが無かったのだろう、園内をぐるぐる回ったことだけは覚えている。とにかく手を繋ぐのが大嫌いな子どもだったのは確かだ、そんなことから異性と手を繋ぐのは今でも気恥ずかしく、気が重くなる、年を重ねれば平気だろうと思っていたがどうもそうは行かないようだ。


工事中の井の頭線構内を通り抜け、ようやくJR北口側に出た。下北沢と違ってハーモニカ横町はいまだ健在、いくつかの狭い路地を突っ切って中道通りをまっすぐ進む、しばらくすると十字路にぶつかる、その路地を少し入った処に燁(あき)という瀟洒な店がある、今宵の最終目的地である。但し、そこに入るには少し勇気が必要だ、気後れするほどに凛とした佇まい、入口は一段低くなっていて、一見客はお断りのような雰囲気なのだ。分厚い木製ドアを開けると微かにお香の薫りが店内を包む、初見の印象とは違い、とても家庭的で趣ある酒場である。
主は13年前に鬼籍の人となった。柔らかい語り口、そしてもてなし方に品位があった、それは出自が京都人ゆえか。
燁、”輝く様な美女をあらわす”という意味らしい、愛娘を指すのだろうか。来歴はこの店を紹介してくれた友から聞いたのである。友と書いたがこの男とは何度も喧嘩しては疎遠になり、また復活するという奇妙な関係であった。そんなことから、何事も包み隠さずなんでも言える間柄、こいつとどれくらいこの燁に通ったことだろう。腐れ縁の友も私と同じような生業で、互いに今なお辛酸を舐めつつ社会に弾かれながら生きている。
その悪態突く友と三鷹で待ち合わせをし、その後燁へ流れるという予定なのである。見上げると梅雨にはぴったりの空模様、今にも降って来そうな気配、男二人で目的の場所へ赴くというのも色気が無い。歩くこと20分程度、たどり着くと大勢の人が花や桜桃を携え、半地下の狭い通路を通りすぎていく。我々は何も持たず、身一つでやってきた、それもよかろうと墓石から聞こえてきそうな感じだ。碑銘のくぼんだ箇所に桜桃が朱色ビーズのように連なっていた、見渡すと様々な世代が墓の回りにぐるりとなって手を合わせ、それぞれに思いを込めて祈っていた。なんて羨ましい男だろうか、幾度も煉獄を往来し終には黄泉へと旅立って行った女たらし、哀しみを笑いに、笑いを哀しみに変えたこの世にひとりといない希有な物書きだった。

予約時間に合わせ、目的地に着いた、既に酔客が二人ほどカウンター席に鎮座していた。お香が仄かに衣服を撫でる、これからの数時間、悩ませる凡百の案件を忘れ酔いしれよう。

 

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