「アートのプロセスを考える」

アートというのはいきなり出てくる訳ではありません。アーティストがおり、そのアーティストの手によって描かれたり作られたりと、何かしらの作業が入って始めて作品として生み出されます。

アーティストの作品を美術館でみたり、何かのイベントや画像で見ることがあると思いますが、それは全て最終的な段階であり、制作の途中ではありません。どんなに大きなものや、理解に苦しむようなオブジェなど、どんな作品であって必ず作るという工程があるのです。基本的にアートを作ることは重労働です。

変な話ですが、作品ができ上がったときにメディアに現れるアーティストは非常にこぎれいな姿をしています。そして、作品も美しく写されます。しかも、その作品は機能的であり生産性があるような家電などとは違います。

人によっては、世界で一番の無駄な塊にも見えてしまうかもしれません。まぁ、それが全てと言われたらそれまでなのですが、ただ日常的に使えないだけで、その苦労はどんな仕事とも変わらないのです。彫刻をするアーティストなどであれば、その作業場は大工などと大差ありません。

むしろ、汚く、土方のような姿で作業をしている方が殆どです。さらには、アトリエ。足の踏み場が無かったり、とくかく汚いのです。個人的にはこの汚さすらもアート作品の一つに見えてしまうのですが…まぁ、それはおいといて…。

結局、大作を作るアーティスト達はかなりの重労働を強いられながら活動をしてる、ということなのです。例えば、ルイヴィトン東京で個展を開催したブラジル人現代美術家の「エルネスト・ネト」です。

伸縮性のあるような薄い布地に香辛料などを、立体的なモチーフでインスタレーションしたり、とにかく巨大で面白い作品を多く手掛けています。

この展示の時の目玉となっていたのが、精子を表す通路部分と卵子の移住空間を表す作品「A vida é um corpo do qual fazemos parte(われわれは生という体の一部)」ですが、螺旋状の鍵編みが織りなす大作でした。しかし、全てチームが手作業で編み込んだものなのです。世界的アーティストだとしても、まだまだ地獄のような作業をしているのです。

近頃、アーティストというと、非常にオシャレなオフィスを構え、スタイリッシュに作業をしているような印象があるのですが、今一度、非常に地味で大変な作業を繰り返していることを忘れないようにしましょう。アートを楽しむのであれば、プロセスを楽しむことも大切なことなのです。

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