アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 43

人間が放置した建造物と自然の樹木が作り上げる生命力漲るアート

~ カンボジア アンコール・トム タ・プローム ~

人間は森林に育つ樹木を伐採し土地を切り開いてきた。樹木が切り倒された土地は整地され、建物を建設し町を作り上げる。切り出された木材は、建築用の資材としたり、生活用具に加工されたりした。人間の文化的な生活は自然の様々な恵みによって支えられているが、自然を破壊するばかりでなく、共存することも考えなければならないだろう。

9世紀から14世紀にかけてインドシナ半島を治めたクメール王朝は、熱帯の密林を切り拓き巨大な帝都を建設した。世界最大の寺院とも言える壮大なアンコール・ワットを建立し、巨大な敷地面積をもつ帝都のアンコール・トムを造営した。アンコール・トムの中には王宮を中心として、テラス、寺院が設けられ、周囲にも数々の建造物が建築された。

アンコール・トムから約300メートル東には、シェムアップ川を挟んでタ・プロームが建てられた。東西1000メートル、南北700メートルにも及ぶラテライトの外壁に囲まれる敷地内に三重の回廊をもつ。1186年に、クメール王朝に最大の繁栄をもたらした王、ジャヤヴァルマン7世が、母の冥福を祈るために創建したものだ。当初は仏教寺院であったが、後の王によってヒンドゥー教の寺院に改修された。回廊や寺院内に作られた仏教関係のレリーフや仏像は取り除かれてしまった。

タ・プロームには、「梵天の古老」の意味がある。寺院の最盛期には、高僧18人、僧侶2740人、見習僧2232人、舞姫615人を含む12640人もの人々が暮らしていたと伝わる。クメール王朝時代には屈指の寺院として栄えていたのだろう。

ところが、クメール王朝の権勢は永遠のものではなく徐々に衰退し、14世紀の後半には隣国のアユタヤ王朝の侵攻を受け、帝都アンコール・トムは陥落した。帝都に暮らしていた人々の姿は消え、王朝の莫大な資金によって建造された建築物は放置されてしまった。置き去りにされた建造物は熱帯の密林に覆い隠され、人目にふれることはなくなった。誰一人足を踏み入れることのない帝都は、廃墟として自然に戻された。

かつて大勢の人々が往来して踏み固められた土には、樹木が蘇り始める。ガジュマルが芽を出し、幹を分岐させながら繁茂する。きっと当初は、かつての寺院の壁や柱を避けるように、自然の息吹を復活させたことだろう。小さな芽であった巨木の子どもは、成長を続けると壁や柱にぶつかってしまう。自分の成長を阻む障害物に、果敢に立ち向かわざるをえなくなった。

行く手を壁には阻まれた根は、蜘蛛が糸をはるかのように石に絡み始める。無機質な石に血を通わせる血管がはりめぐらされた。ガジュマルは石の壁に這う根から、水分や養分を吸い上げすくすくと育つ。細い根はどんどん太くなり、蜘蛛の糸は大蛇に姿を変貌させる。数十センチの太さで数十メートルに育ったガジュマルは、人間が放置した遺跡を押し潰していく。圧倒的なパワーとエネルギーだ。自然の樹木のもつ生命力が、凄まじい破壊力で人間の建造物に挑みかかっている。

近代都市では見かけることのない奇妙な光景だが、人工の建造物と自然の植物が偶然のアートを創り出しているのだ。熱帯の巨大な樹木は遺跡を破壊しているようにも見えるが、それとは逆に今や遺跡を支えているように見えなくもない。樹木はこれからも熱帯の太陽の陽射しを浴び、持ち前の生命力で成長を続ける。樹木の成長に従って、どんどん景観を変えていくことだろう。時の流れに従って、新たなアートが生み出され続けるわけだ。

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