物語.66

「アルバイト…は、はい!募集中です!」

突然の声に私は後ろ振り返った。そこには、40半ばぐらいだろうか、恰幅の良く色黒の男性が立っていた。清潔に整えられた髪の毛は白髪まじりのオールバックで、爽やかな雰囲気だ。

ただ、正直、食いっぱくれている、という印象も無く、何故このオジさまがアルバイトなんか?という疑問さえ浮かぶ紳士な人だった。

「すみません。私、中川と申します」

「あ、はい!私、店長の名取と申します。もし、今大丈夫であれば場所をうつしてお話をお聞きします」

「本当ですか?お忙しいのに…。お願いします」

中川と名乗った男性は申し訳なさそうに、軽くお辞儀をし、私の裏についてきた。別の場所と言ってもこの人は従業員では無いので、食堂には入れない。

つい最近、昔努めていた従業員が勝手に遊びにきては、居座っていることが問題になり、厳しく取り締まられている。そのため、仕方がなかったが、いつものスターバックスへ行くこととなった。

「あの、何をお飲みになりますか?」

「い、いえいえ!自分で勿論出します!」

どこまで紳士なのだ?とにかく、新しいアルバイトを手に入れるチャンスだ。こちらが極上のおもてなしをしなければならない。結局、二人ともホットコーヒーにし、適当に空いている席に座った。

「すみません。急にお声をかけてしまいまして」

「え?いや…。凄く助かります。なんせ、来月から主要メンバーが抜けてしまうので」

「そうだったんですか?いや、こちらこそ助かります」

「募集はあのipadを見て頂いて?」

「え?そんなのありましたか?実は…、とても失礼なのですが、様々なテナントに声を駆け回りまして」

「ってことは…。見てないってことですね」

「すみません。しかし、他のテナントさんに比べてお声をかけやすい雰囲気もあったので」

この人を雇ったらあのipadは掲載終了。なんと、全く用をなさなかったという最高の結果で幕を閉じる事になりそうだ…。

「あと、すみません。私、出来れば午前中だけ働きたいのですが」

「ありがとうございます!丁度、午前の朝番だけを探していたんです!揚物を揚げてもらう感じになりますが…大丈夫ですか」

「実は私、イタリア料理店を開いたのですが…経営がさっぱりでして…。それで、妻に朝だけでも働けとケツを叩かれた次第なんです」

「イタリア料理?凄いですね!とっても助かります」

「すみません」

「早速ですが、今日って時間ありますか?サクッとやり方だけお教えしたいのですが」

「大丈夫です!あ、ちょっと妻に電話だけさせて下さい…」

とにかく、かなり訳ありな雰囲気ではあるがアルバイトが決まりそうだ。春に向けて一波乱ありそうな雰囲気も感じるが、まぁ、それはそれで楽しめば良い。目先の事だけを考える、私らしい楽観的な発想でエレベーターに飛び乗った。

つづく

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