物語.67

「これ美味しいですね」

「そうですか?もう食べ飽きてしまって麻痺してますよ私…」

中川さんに揚物をレクチャーしているだけに、お店の商品を食べさせない訳にはいかない。こうやって改めて様々な商品を食べていると、実は美味しかったということに気付かされる。

長々同じ場所に勤めていると、もうただの“売り物”なってしまうだけに、こういった試食会的な行動は結構重要だろう。

「これを、朝の開店時間までに揃えてほしんです。遅れるとちょっと…お客さんに文句を言われちゃうんですよ」

「まぁ、楽しみにされている方はいますからね。ウチの店にはいませんが…」

「え…あ、あははは…」

中川さんはどうやら自分の店の不利益を自虐ネタにするクセがあるらしい。まだ、知合ったばかりの方だけに笑うことも失礼だし、慰めるのもおかしい。

人は凄く良いのだろうが、こういう人が一番疲れてしまうのだ。

「あの…店長」

「え?あ、はい」

「今度、ウチのお店に来てくれませんか?」

「いいんですか?」

「何がダメなのか見てもらいたいんです」

「え…。そんな、ダメだなんて…」

「客観的な目線で見て頂きたいんですよ」

これってどこまで、本当のことを言えるのか分からないパターンの誘いだ。これまた私が苦手としている分野であり、中川さんには申し訳ないが断りたい。

「店長、お願いしますよ」

「わ、わかりました」

しまった。これだから私はダメなんだ。ダメなこともダメと言えない内向的な性格な分、非常に損をしているんだろう。

「じゃ、じゃぁ数人連れて行きますので、その時には宜しくお願いします」

「本当に申し訳ありません…お願いします」

「あの…そう言えば出勤っていつからできますか?」

「はい…明日からお願いできますか?」

「分かりました。本社にも伝えておきますね」

明日?ヤバい、急過ぎる。まだ正式に働く手続きをとっていなかった。しかし、中川さんに言いづらい。きっと、相当お金に困っているのだろう。靴もちょっと壊れかけている。

まぁ、また面倒なことになりそうだが、個性的なメンバーが増えるのは面白いといえば面白い。

早速、私は本社に中川さんの存在を伝え、1週間後に出勤するということで場を納めた。明日だけは…仕方がないので別日に出勤したことに操作するしかなさそうだ。レストランのことと言い、まだまだ一波乱ありそうな雰囲気が私には何となく想像できた。

つづく

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