フィンセント・ファン・ゴッホ ~誰が画家を殺したのか~1

平凡な日曜日、麦畑に一発の銃声が轟いた。その途端、少年が後ろに付き飛ばされたかのように尻餅をつく。同時に、正面に立っていた男も大きく後ろによろけた。もう一人の少年も凍りついたように動かない。ここにいる一人が撃たれ、一人が撃った。しかし周囲にはさきほどまでと変わらない夏の風が吹いており、麦の穂を優しく揺らしていた。

男は左胸の痛みに耐えきれず、膝から崩れるように地面に倒れた。男と少年たちとの間には、銃声の余韻が漂っている。それは尊い命を奪うにはあまりにも軽薄で高い音だった。男は何が起こったのか理解しようと、数分前のことを必死で思い出した。

死にたかったわけではない。いや、ずっと前から終わりにしたかったような気もする。よく分からないが、最近では分かることの方が少ないのだから仕方あるまい。今日もいつものように歩いていた。向こうからよく見かける兄弟が歩いてきた。彼らはイタズラ好きで、たまに私もターゲットされた。二人ははしゃいでいる様子だったが、目線が合うと会釈してくれた。若くて生き生きとした視線が自分に向けられて、私は喜びにも緊張にも似たむず痒さを感じた。少年達の笑顔には影一つなく、ヒマワリの花のようだった。彼らと擦れ違う寸前、銃声と激痛が胸を貫いた。そうか、そうして私は撃たれたのだ。

僕らだって銃が危険なことくらい分っていたけど、興味があったんだ。弟も興味津々だったから、僕は丁寧に説明してあげた。これが銃身、それから銃口で、こっちが撃鉄で、これが引き金、そして銃声。気が付いたら、おじさんが左胸を押さえて倒れていたんだ。何が起こったのかは、おじさんの痛みに歪んだ顔を見ればすぐ合点がいった。僕らはしばらく動けなくなっていたから、たぶんおじさんが初めに声を発したと思う。「君たちはもう行きなさい。誰にも、何も言わなくて良いから」って。でも、僕らはどうしていいか分からなかった。銃は僕らの足元に落ちていた。僕らはもう、それに触ることすら怖かった。あとの記憶は、所々しかない。沈黙が続いて、おじさんの苦しそうな息遣いが大きく聞こえていたこと。しばらくして弟が小声で「ウチに帰りたい」と言ったこと。「ありがとう、助かったよ」っていうおじさんの意味の分からないお礼を背中で聞いた。それから僕らは一言も話さずに、全速力で家へ走った。どんなに走っても、おじさんの荒い呼吸が聞こえていたから僕はどんどん怖くなって、必死で走った。並んで走っていたはずの弟が視界の端から消えても、臆病で卑怯な僕は振り返ることさえできなかった。家に入ってから夢中で手を洗った。その時、ずっと聞こえていたのが自分の呼吸だったことに気が付いた。鏡に青い顔の僕と7月のカレンダーが映っていた。反転した28日の字に、に赤い丸が付いている。母さんは明日なにか予定があるのだろうかと思い、おじさんにも明日があるのだろうかと考えて慌てて頭を振った。ずっと手を洗っていたからなのか、7月の水はとてもとても冷たかった。

私は、痛みを堪えて兄弟に感謝を伝えた。何故だか分からないが、お礼を言うために必死で声を絞り出した。その後は想像を絶する痛みに、早く意識を失いたいと願った。地面には私の赤い血が広がっているのだろうか。遠い夏の空にはこんもりとした白い雲があった。今日の空も美しい。鮮やかな青色の中に少しずつ白が滲んでいく様子を見ながら、このままずっと空を眺めていたいとも思った。明日の空は、どんなだろう。しかしこの痛みは、もう勘弁して欲しい。このまま最期を迎えられたらと再び願った。

後期印象主義の画家ゴッホが拳銃自殺を計ったのは、1890年7月27日だった。心臓を狙って左胸に銃口を当て、自身で引き金を引いた。狙いは僅かに下に外れ、心臓ではなく肋を傷付けた。今までゴッホの死は自殺として揺るぎないものであったが、果たしてそれは事実なのであろうか?

フィンセント・ファン・ゴッホ ~誰が画家を殺したのか~2

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