食のグローバリゼーション 26

一寸に26の包丁の目を施す骨切りの技が、旬の味覚と食感を引き出す夏の京料理

~ 日本料理 ハモの湯引き ~

最近では温室栽培や冷凍保存の技術が発達してきたため、スーパーには一年を通して変わらぬ食材が並ぶようになった。お陰で一年中食べたい物が食べられるようになったが、季節感が失われ食材から四季の訪れを感じることができなくなってしまった。かろうじて微かな季節感を残すのが、魚介類と言えるだろう。

京料理の食材として珍重されているハモは、今でも夏場にしかその姿を見ることはできない。梅雨時期の雨をたっぷり飲んで育ち、梅雨明けの7月頃から脂が乗り始める。生物学的にはウナギの仲間とされ、1メートルの体長をもった細長い円筒形の体つきが特徴的だ。本州の沿岸部に生息する大型の肉食魚だが、食材として定着したのは京阪神地方を中心に、ごく一部の地域に限られる。骨が多く食べにくいため食卓にまで運ぶのが難しいのだ。

京阪神地方では、大阪湾や明石海峡でハモ漁が盛んに行われている。瀬戸内海から水揚げされたハモは、沿岸地域ばかりでなく京都にも運ばれる。大阪と京都を結ぶエリアは、古くから大量の物資が行き交い、交通の便がいち早く整備された。とは言っても、新幹線や高速道路が2つの都市を繋ぐ前は、大阪で生きていた魚は、京都に着く頃にはほとんど死んでしまう。ところが、ハモは非常に生命力が強く、輸送技術が発達していなかった時代から夏の猛暑の中でも、京都まで生きたまま輸送できたと言われる。

盆地に位置し夏の食材の乏しい古都には、救世主のような食材だ。旬の時期が真夏であること、極めて強い生命力をもつこと、長いものを食べると精力がつくという言い伝えなどから、ハモ料理は夏の京料理にしっかりと定着した。

京都三大祭りの一つとして毎年7月に行われる祇園祭の頃になると、中京区や上京区の商家に取引先が挨拶に出向く習慣があった。その際、挨拶まわりをする商人は、サケ寿司を持って暖簾を潜り、ハモ寿司を手土産に持って帰ったと言われる。季節の食文化は商人の習慣の中にも深く浸透していったのだ。

ハモは寿司ばかりでなく、お造り、酢の物、焼き物、揚げ物、しゃぶしゃぶの具材ともなる。中でも最も一般的なのが湯引きだろう。一口大に切ったハモを、塩を加えた熱湯の中で、2,3分茹で、氷水に入れて冷やすだけの簡単レシピだ。湯通しされたハモは、反り返って白い花が開いたような形になる。牡丹ハモとの別名もあり、梅肉やからし酢味噌を添えて食べる他、吸い物や、土瓶蒸し、天ぷら、蒲焼き、唐揚げなどにも利用される。彩りと形は涼しげで、古都の雰囲気に溶け込んでいる。あっさりとした味わいと、弾力性を感じさせる歯ざわりが、京都に暮らす貴族や商人を喜ばせた。

切り身を買ってくれば簡単レシピのハモなのだが、実は下ごしらえには熟練の技が必要となる。頭から尻尾に連なる長くて硬い小骨を処理しなければ、とても食材とはならない。骨ごと丸かじりすれば、途端に骨が口中に突き刺さり、どうしようもなくなってしまう。

そこで、「骨切り」と呼ばれる下処理が考え出された。ハモの身を腹部から開き、包丁の刃が皮に届かないように気をつけながら、細かい切り込みを入れ小骨を切断していくのだ。熟練した包丁捌きで切り込みを入れなければ、身が潰れたり、ばらばらになったりして、味や食感を著しく損なう。約3センチの一寸の幅に24~26筋の包丁の目を入れることができるようになれば、一人前の板前として認められる。限られた地域ではあるが、そこに住む職人の伝統的な技が、旬の味覚を食卓に運び続けているのだ。

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