アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 47

地震の被害に何度も見舞われながらも、人々の心の拠り所であり続けるパゴダ

~ ミャンマー バゴー シュエモード・パゴダ ~

日本は地震大国だ。世界の各地で発生する地震の内、約10パーセントが細長くて小さな島国の日本で起こっているという話もある。2011年3月11日の東日本大震災、1995年1月17日の阪神淡路大震災は、被災地の人々の人生を一変させてしまった。テレビのディスプレイには、この世の出来事として信じたくないような光景が映し出されていた。東日本大震災からは2年以上の時を経過しながら、まだまだ震災の爪跡は色濃く残り、復興が進んでいるとは言えない状況だ。

地球は絶え間なく地殻変動を起こす生き物のような星だ。建物を建設する場合、土台をしっかり固めて倒れることのないようにすることが基本だが、地震が起こると建築物の土台が振動するわけだから、地上の建造物にとっては致命的な打撃となる。ミャンマーの古都に建つシュエモード・パゴダも、何度となく地震の影響を受けた仏教寺院として知られている。

バゴーの市街地の東部に建つシュエモード・パゴダは、8~9世紀の頃、インドで仏陀から2本の聖髪を貰い受けた2人の商人が、これを納めるために塔を建立したことを起源とする。当初の仏塔は23メートル程の高さであったが、歴代の王や周囲に暮らす人々によって何度も改築され、現在では114メートルの高さになり、ミャンマー国内では、最も高い仏塔をもつパゴダとなった。バゴーの市街地のどこからでもその姿を拝むことができ、街のシンボル的な存在だ。ヤンゴンのシュエダゴン・パゴダ、ピイのシュエサンドー・パゴダとともに、ミャンマーの三大パゴダの一つとして数えられている。

シュエモード・パゴダの正面からは、一直線に広い通りが延びている。この道を歩くと目標を見失うことなどありえない。パゴダに向かって足を進めるに従って、徐々に仏塔の大きさが大きくなり、期待感が膨らんでくる。入口を入って、境内に向かう階段は広々としていて、仏教施設というよりショッピングモールのような印象を与える。すれ違う際に笑顔で挨拶をする人や、歓談をする人の姿がよく見かけられる。

境内には中央の仏塔を囲むように回廊が巡らされている。回廊には数々の祠や、説教を受ける場所、休憩所を備えている。この寺院を訪れた人々は、中央の仏塔を中心として回廊を歩きながら何度もお祈りを捧げる。中央の仏塔の下部には、夥しい数の小さな仏塔が取り囲む。どの仏塔も太陽の陽射しを浴びて黄金色に輝き、神々しいばかりだ。

創建以来1000年を超える歴史をもつシュエモード・パゴダは、何度となく地球の地核変動の影響を受けてきた。特に、1912年、1917年、1931年の3度にわたって発生した地震は、マグニチュード7クラスであったと伝わる。土台に向かって面積を広げる仏塔は、どっしりとした安定感をもっているが、やはり巨大な地震に耐えることはできなかった。

激しい揺れに見舞われ、仏塔は崩れ落ちた。ところが、倒れた仏塔は、地面にまで落ちることはなく、途中のパゴダのテラス部に不時着した。仏舎利と聖髪が仏塔の倒壊を防いだと、付近の人々は信じている。このため、崩れ落ちた仏塔は地震の直後のままの状態で保存されている。その位置に金箔を貼ったり、線香を供えたりして、手を合わせる人も多い。

現在の仏塔は、1954年に民衆からの莫大なお布施などに再建されたものだ。不安定な地盤に建つ仏塔なのかもしれないが、二度と災害に見舞われることなく、今のままの姿で信仰の対象として建ち続けて欲しいものだ。

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