食のグローバリゼーション 28

香ばしくパリパリに焼き上げられる、人間が強制的に太らせたアヒルの皮

~ 中国料理 北京ダック ~

世界最大の人口を抱える中国には、現在では13億人を超える人々が暮らしている。日本の人口は1億人強だから、約13倍もの人口を抱えている。一人一人の人間には各々1個の胃袋を備えているから、当然中国には日本の約13倍の胃袋が存在することになる。この膨大な数の胃袋を満たすためには、一体どれ程の食料が必要となるのだろうか。主食の米の消費量一つとっても、日本とは桁違いであることは間違いない。食材の量だけではなく、種類を全てリストアップすることも不可能に近い。

中国では、日本では考えられないようなユニークな動物や植物を食材として利用する。世界中を歩いても、中国でしか食べられない食材が数多くあることだろう。アヒルもその一つに数えられるかもしれない。羽根をもちながらも空を飛ぶことができないアヒルが、公園の池で泳いでいる姿は愛らしいものだ。

このアヒルが、中国では食材となる。北京ダックは中国料理の中でも代表格の料理だ。かつては高級な宮廷料理であり、庶民が口にできるようなものではなかったが、現在では北京ダックの専門レストランも数多く見かけられ、誰でも食べることができるようになった。

北京ダックを中国全土に広めるきっかけを作ったのは、明の第3代皇帝の永楽帝だ。1421年に、永楽帝が南京から北京への遷都を行ったときに、南京の地方料理が北京にもたらされたのだ。その後、1855年には便宜坊、1864年には全聚徳が、北京市内に北京ダックの専門店として創業し、現在でも営業を続けている。

食材として定着したアヒルは、人間の口に合うように品種改良がなされた。日本の池で見かけるようなアヒルではなく、人工的にアヒルを太らせるようになった。アヒルの口にパイプをくわえさせ、そこからカロリーの高い餌や配合飼料を胃に流し込んで飼育する。アヒルの食事は人間による胃袋の強制充填に変化してしまった。動物愛護協会の人が見れば、目を覆い隠すことだろう。無理やりエサを流し込まれたアヒルが数キロの体重になると、食材として市場に持ち込まれ、レストランの調理場へと運ばれる。

息絶えたアヒルの体内には今度は、空気が吹き込まれる。丸く膨らんだアヒルを吊るし、熱湯で体表の余分な脂を洗い流しながら皮を収縮させる。水飴を水に溶かした飴糖水を皮に塗り、一昼夜吊るした後に炉で焼き上げられる。

中国のレストランで、丸々焼き上がったアヒルが吊るされている姿をよく見かけるが、これをそのまま食べるわけではない。パリパリに焼き上がったアヒルの皮を削ぎ切り、小麦粉を焼いて作った「薄餅」(バオビン)または「荷葉餅」(ホーイエビン)に、ネギ、キュウリや甜麺醤と共に包んで食べるのだ。皮だけを削ぎ取るのではなく、皮に若干の身をつけて切るのが一般的なようだ。残った肉の方は別の肉料理に調理される。無駄なくアヒルの全ての部位を使用した料理のフルコースは、「全鴨席」と呼ばれている。

飴糖水を塗って焼き上げられた皮は、つやつやとした光沢をもち赤茶色に輝いている。漆を塗った木製の家具の表面のようだ。見た目にはみずみずしさを感じさせる皮は、パリパリで香ばしい。ただ、アヒルにも皮下脂肪があるのか、かなり油っこい。人間が強制的に太らせたアヒルの皮だから当然のことなのかもしれない。この油っぽさを抑えるには、ネギ、キュウリなどのあっさりした食材が必要になるわけだ。中国料理の中でも長い歴史の過程で、食材と調理方法に様々な工夫が凝らされた料理は、一度は味わいたいものだ。

関連記事

アーカイブ

ページ上部へ戻る