サイゴの晩餐

喰うという行為ほど生々しいものはない、中でも極めつけは”コックと泥棒、その妻と愛人”だ。監督はペダンチックでミニマリズム嗜好のピーター・グリーナウェイ、この男が描いた食は想像を超える、いわゆるカニバリズムの世界だ。目を覆いたくなるようなものから垂涎三尺たらしめるものまで、画面一杯溢れそうなほどに食材がテーブルに並ぶ、美食への反乱が荒々しく手に負えないほどに毒の塊となって食の極限を描く作品だった。

人は人生最期の日に何を食べたいと思うか、日常の中で食すことが唯一の楽しみだという御仁は最期の食事もきちんと準備しているかも知れない。しかし、その殆どの人は虫の息でなにも喉に通らずこの世とおさらばすると言った案配だろう。
かの”美味礼賛”を著した食い道楽ブリア・サヴァランは、アフォリズムの中のひとつに斯様なことを書いている。
“食卓の快楽はどんな年齢、身分、生国の者にも毎日ある。他のいろいろな快楽に伴うこともできるし、それらすべてが無くなっても最期まで残って我々を慰めてくれる”と。やはり食というものは、人間五欲煩悩迷妄の煉獄を経ても喰らうことだけは諦めがつかないモノらしい。

文豪夏目漱石もしかり、胃潰瘍にピーナッツは毒と医師から注意されながらも、漱石先生甘いものとピーナッツには目がなく、とある結婚披露宴で皿一杯盛られたピーナッツをペロリ平らげてしまった。卑しさが裏目に出て、それが原因となって命を落としてしまったという。殊に落花生の砂糖まぶしが殊の外お好きだったらしい。胃に負担が掛かるから夫人が隠すと、漱石は、それを探し出してこっそりと食べたというから始末に負えない。そして漱石最期の言葉が「なにか食いたい」だった、寝ても覚めても食い物に執着する文豪だったことは否めない、だからといって漱石の価値が下がるわけでも無いが。

久米宏が「ニュースステーション」のMCをしていた頃、「最後の晩餐」というコーナー企画があった。最期ではなく最後、この言葉が気に掛かる、命の終わる時が最期であり、ものごとの一番あとが最後となる。この企画は”死ぬ前に”がコンセプトだと思うのだが……今人気の某林修先生もきっと”死ぬ前でしょう!”って指摘してくれることだろう。ケアレスミスは誰もある、かく言う私も数え切れないほどの凡ミスばかりだ、だが公的な場所での発言や提示は細心の注意を払うべきだと、思う。殊にテレビ局、テロップでのインサートがそうだ、昔のようなアナログ出しと違ってデジタル処理で送り出されるようになってから誤記が多い、アンカーは気を緩めず、である。

さて、その「最後の晩餐」に古今亭志ん朝が登場したことがあった。本当にその出演が最期になってしまったのだ、声に艶があり、男の色香を醸し出し、べらんめえ調の語り口は当代随一の噺家だった。若い頃は役者と二足のわらじを履いていた時期もあったが、巧さで言えば談志を越えていたと思いたい。
志ん朝は、最後の晩餐に「うなぎ」を所望した。その時どんな話しをしたかすっかり忘れてしまったが、口元を真一文字にして”うなぎっ!”と透き通るような声で発したのが今でも忘れられない。当日はスタジオではなく、多分東京タワー近くの某有名うなぎ店のような気がする、それも三階にある個室、黒光りした柱を見たからである。ここは天然うなぎしか出さない、東京でも老舗中の老舗。日本人ほどうなぎが好きな民族はいないだろう、巷では稚魚が足りないと大騒ぎをしているが、そうそうドイツ人も頂くのだ。燻製にしたうなぎをサンドイッチに、あるいは”アール・ズッペ”という酢漬けのスープを食す。国が違えば味付けも違う、どうイメージしても個人的には食欲はそそらない代物であるが。

プロのシェフたちが確か新聞紙上だったと記憶しているが、最後の晩餐について語っていたことがあった。
シェフたちの最後の晩餐、さぞかし大層なものだろうと思っていたら、期待を裏切ってくれた。今や押しも押されぬ和食の野﨑洋光は、ご飯だという。切羽つまっているから、気取らずがっつり米を食いたいそうだ、おかずは塩引き鮭、大根と油揚げの味噌汁に粕漬け。なるほど生まれ育った東北地方の味覚で終焉を迎えたいということなのだろう。イタリアンの落合務は、カツ丼。あれだけ洋の食材に明け暮れていれば、日本人の定番中の定番、カツ丼というのも頷ける。フレンチでもない、イタリアンでもない洋食屋の王、大宮勝雄は大人のお子さまランチ、子供の頃初めて感じた西洋の味が原点だという。失礼ながらお顔に似合わず可愛いことを仰るではないか。食の名人たちの明かすに明かせぬ究極の晩餐、詰まるところそれは誰もが味わう至極当たり前の晩餐であった。

「人生の最後に食べたいもの」が朝日新聞「beランキング」で取り上げられていたのを参考にすると(2011/01)。

1.にぎりずし
2.ごはん
3.刺身
4.カレーライス
5.ケーキ
6.ステーキ
7.すき焼き
8.うなぎ
9.おにぎり
10.味噌汁
11.アイスクリーム
12.トンカツ
13.大福・桜餅など餅菓子
14.日本そば
15.天ぷら
16.ぜんざい・しるこ
16.メロン
18.たまご焼き
19.モモ
20.おはぎ
食を満たすもの、それは必ずしも”おかず”だけではなかった、デザートも晩餐に含まれると言うことだ、とは言え、いざその時が訪れたとき好物に手が届くだろうか……。

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