テレンス・コンラン卿、舞い降りた獅子のたてがみに

 

ザ・コンランショップが新宿パークタワー内に登場したのが1994年、今から19年前だ。やっと日本に来たか、と言うのが偽らざる気持ちだった。それまでのこの手のショップと言えばオレンジハウス、F.O.B COOP(青山店は今年3月に閉じた)、東急ハンズ、ロフト等々、他にも麻布や代官山当たりにも小さなインテリア関係の店はたくさんあったが、何れも欲望を搔き立ててくれるモノは少なかった。

ザ・コンランショップ、正確な業態は東京ガスの連結子会社であるリビング・デザインセンターが経営をしていた。だがその経営も順調ではなかったらしく、2010年にコクヨグループのLmDインターナショナルが事業を譲り受けたとコクヨのウェブで記載されていた。譲り受けたと言えば聞こえは良いが、果たして実体はどうだったのだろう。
素人目に見て、日本に於いてのザ・コンランショップ、まるでコピーアンドペーストしたみたいに名古屋・福岡・丸の内と支店を増やしたことが凋落への始まりではなかったのか。コクヨ版ザ・コンランショップはそれにもめげずアジアへも”コンラン”のコンセプトを引っ提げ進出している、たとえライセンスビジネスといえども、店舗を増やせば自ずとその価値は下がる、当たり前のことだと思うのだが……コンラン卿にはその分、懐にたっぷりと入るわけだが、彼の思いはどうなのだろうか。

さて、そのご本人Sir Terence Conran、卿が付いたのは83年デザイン分野でサーの称号を授受し、彼の名は世界に轟き名をほしいままにした。インテリアに限らずレストランも展開しているというから、彼のビジネス辣腕は凄まじいものがある。
過去に、テレビ朝日系で”テレンス・コンランのホームデザイン倶楽部”が放送されていた。毎回ビデオに収録し、何度も繰り返し見たものだった、そのテープも今や使い物にはならず見ることはできない。どうしても見たければイマジカでテレシネという手もあるが、高額を覚悟せねばなるまい。

テレンス・コンラン、齢82歳となる。世間で言えば遁世してもおかしくない年齢、晴耕雨読を楽しんでも良いわけだが、彼の中では未だ未だ現役を貫きたいのだろう。インテリア家具やステーショナリー、テキスタイル、洋服、子供用玩具、住空間の設計デザイン、カフェやレストランの経営等々、多岐に渡るフィールドで才能を発揮してきたコンラン。彼の目指すインテリアに対しての哲学は一貫している。

「私はこれまでの人生の中で、人が驚くようなものは一切デザインして来なかった。一時的な流行やトレンドに影響されないものを創り出すこと……それが私のデザイン哲学だから」と彼は語る。しかし、彼の言うことには賛同しても、ビジネスという視点から見るとちょっとおかしいんじゃないって思いたくもなる。モノに対しての一時的流行やトレンドはなくとも、ショップ展開はまさにトレンドの如く作っているのではないだろうか、この辺りは少しだけ疑問が残るところである。それにしてもである、彼がデザインしたモノ、そして選んだモノは、嘘のない本物だけが整然と居並んでいる。

一時期アメリカンチェリー材のテーブルが欲しくて何度もパークタワーへ通ったものだが、到底夢の中の夢でしかなかった。感触と良い、作りは本物だった。作品によどみがなく、ほぞやアリ組などで構成された作り手の腕前が私を唸らせるのだ。
それはきっとコンランがユーザーたちに、何を置いても一番に伝えたいものだからなのだと思う。

「流行品は、その一時は良いかも知れないが、やがて忘れ去られてしまう。でも私は、今日買ったものが明日はどこにもないということがあってはならないと思っている。だからこれまで手がけてきたデザインは全て、”すたれる”ことのないものばかり。こんなやりかたでずっとやってきたから、たくさんのデザイン賞をもらうことはできないだろうね」といかにもイギリス流のアイロニーだ。
獅子のたてがみに輝きが失せようと、彼の精神はいつまでも”コンラン”というパレットの中で生き続けて欲しい、と願っている。

 

Sir Terence Conran

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