たかが車、されど車

一時期、若者の車離れが激しいと世論は伝えていた。理由は、景気低迷により車を維持できない、そしてさらに強烈なものは車そのものに興味が無いというこの二つが最大要因であった。車を維持するにはお金が掛かる、もっともなご意見だ、但し興味がないというのは異論を唱えたいほどの問題であり、こんな悲劇はない。
”ライフスタイルの変化”と、括ってしまうのは早計だが、車よりも魅力的なものが登場したということなのだろうか……。

因みに、エンジンを含めた日本の純国産自動車の1号車は日産の前身”快進社”で1914年に開発された。約一世紀に渡って車が作り続けられてきた訳だが、その長き歴史の中で人々を魅了する車がどれくらいあっただろうか、ざっと指で数えられる程度だ、尤もこれは私感でしかないのだが。

哀しいかな欧州の車文化には適わない、日本は去勢された車文化とも言えるかも知れない。それを証明したのが今年5月イタリア・コモ湖のほとり近くで行われたコンコルソ デレガンツァ ヴィラ デステ、クラシックカーの祭典だ。今年で84年の歴史を持つHistoric Carコンテスト、グランドホテル・ヴィラ・デステの中庭で行われていた。
時代の中で際だつ美を競っていた車たちのエンジンに火が入る、湖畔にエグゾーストノートが響き渡る、その排気音はまるで弦楽四重奏を奏でているかのように心地よい。
鬱蒼とした森が広がり、湖がある、世界に知られたリゾートであってもコモ湖のほとりは静かで落ち着いた空気に満ちていた。これがヨーロッパの成熟というものなのだろう。避暑地のあるべき姿とは、まさにこうした佇まいや落ち着き、避暑に訪れた人々はそこで自分なりの時を思うがままに過ごすのだろう。

Historic Carの中で目を見張るものが二台あった、フィアット508CSミッレミリア(1938/昭和13年)とラルフ・ローレン所有のブガッティ57SCアトランティック(1938)だ。
このフィアット、当時空力的に最も優れた一台で、空気抵抗がCD(空気抵抗係数)0.31と非常に小さな空気抵抗を誇っていた車だ(参考までにF1は強力なダウンフォースを得るために、大きなリアウィングを装着しておりCDは0.5)。フロントグリルのなんとも愛らしい顔、そしてボディ全体のフォルムは曲線を描き、長いロングテールのようなルーフが続く。
75年前から既にフィアットの技術は進化し続け、他社の追随を許さないカロッツェリア スピリットがあったのだ。

そして二台目が、ラルフ・ローレン所有のブガッティ57SCアトランティック。この車は当時最も美しい車と賞賛された。特徴的なのは、普通ボディを丸く板金をするのだが、これは外側にフランジ(鍔のようなもの)を立ててリベットで繋いでいる。さらにこの車の凄いのはマグネシウムで出来ているところだ、マグネシウムは当時の技術では溶接ができなかったために、フランジにしてリベットで繋いだということである。このブガッティ、ローレン氏を含め現存するのは三台と言うことだ。

車は単なる移動手段ではなく、アートとしての究極の美を追い求め、技術の粋を集めた精巧なマシンとしての車、そうした車たちを愛する文化はヨーロッパで生まれ育ち、継承されてきた。ひたすらエレガントである、気絶しそうなほどにキュートだ。さらにメカニックたちの常軌を逸するほどの熱い思いがもたらした車世界の革新でもあった。夢そのもので作りあげられた車たち、その夢の奥はとてつもなく深い。

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