中川さんのお店自体はとっても雰囲気あって良い感じだ。
もしかしたら、あのネットの書き込みは同業者の嫌がらせだったかもしれない。早速店内に入ると、感じの良い女性が出迎えてくれた。
「いっらしゃいませ!あ、お待ちしておりました!主人がいつも…どうも、すみません」
「あ、いやいや、こちらこそいつも助けて頂いております」
「では、こちらへ…」
どうやらこの女性は中川さんの奥さんらしい。ということは、この人も中川さん…。
「うぅん…他にお客さんいないね」
「まぁ、まだ時間も早いしね。店内も普通のイタリアンのレストラン的な感じで、そこまで悪くは無いとは思うんだけど…」
「みなさん!ありがとうございます」
厨房から中川さんとおぼしき男性がこちらに向かって走ってきた。
「こちらこそお招きいただきまして…え?」
中川さんといえば、普段どちらかというと地味というかダンディな雰囲気で…。
「な、なかぐぁ…ぶっ」
「由香!ちょっと!」
「どうしたんですか?皆さん?今日は腕によりをかけていきますんで!お待ち下さいませ!」
シェフとしての中川さんは完全に違う。“夢”と書かれた鉢巻きに、何故か菊正宗の前掛けをしている。
イタリアンというか完全に魚屋のオヤジ状態だ…。これはギャグなのか、本気なのか?しかも、謎なことに全く別人。勇一も梶原君も相当困惑している。
「お飲物は如何致しますか?」
「え…えぇっと。どうしよう」
「ビールでいいんじゃない?」
「賛成」
「あ、じゃぁビールを4つ下さい」
「はい!御持ち下さいね」
意外な展開にかなり焦ってしまっていたが、取り敢えずビールで喉を潤して、冷静さを取り戻す…つもりだったのだが。
“チン!”
「で、出た!何だろう?あのレンジの音」
「こちら御通しですので、どうぞ」
中川夫人が持ってきたのは、小皿に入ったメンチカツだった。
「こ、これスーパーの…っていうか御通し?」
のっけから型破りな展開に全員唖然とする。
「はい。ビールお待たせさま!」
「あ、ありがとうございます」
麒麟ビールのロゴやアサヒビールのロゴなど、とにかくどこからか寄せ集めてきたようなジョッキにビールが注がれている。
「おい…沙織。これ…ぬるい」
「ブっ!」
由香が急にメンチカツを吹き出す。
「由香さん!大丈夫ですか?」
「ごほごほ…ごめんね…。これ、凄過ぎるわ」
ネットの口コミなんてものでは無い…。これは、イマから本当に凄いことがおこりそうだ。厨房で大きな笑い声が聞こえている。もしかしたら、今からマトモになるかも。
そんな私の想像は虚しく、悪夢はここからが本番だった。