物語.72

中川さんのお店自体はとっても雰囲気あって良い感じだ。

もしかしたら、あのネットの書き込みは同業者の嫌がらせだったかもしれない。早速店内に入ると、感じの良い女性が出迎えてくれた。

「いっらしゃいませ!あ、お待ちしておりました!主人がいつも…どうも、すみません」

「あ、いやいや、こちらこそいつも助けて頂いております」

「では、こちらへ…」

どうやらこの女性は中川さんの奥さんらしい。ということは、この人も中川さん…。

「うぅん…他にお客さんいないね」

「まぁ、まだ時間も早いしね。店内も普通のイタリアンのレストラン的な感じで、そこまで悪くは無いとは思うんだけど…」

「みなさん!ありがとうございます」

厨房から中川さんとおぼしき男性がこちらに向かって走ってきた。

「こちらこそお招きいただきまして…え?」

中川さんといえば、普段どちらかというと地味というかダンディな雰囲気で…。

「な、なかぐぁ…ぶっ」

「由香!ちょっと!」

「どうしたんですか?皆さん?今日は腕によりをかけていきますんで!お待ち下さいませ!」

シェフとしての中川さんは完全に違う。“夢”と書かれた鉢巻きに、何故か菊正宗の前掛けをしている。

イタリアンというか完全に魚屋のオヤジ状態だ…。これはギャグなのか、本気なのか?しかも、謎なことに全く別人。勇一も梶原君も相当困惑している。

「お飲物は如何致しますか?」

「え…えぇっと。どうしよう」

「ビールでいいんじゃない?」

「賛成」

「あ、じゃぁビールを4つ下さい」

「はい!御持ち下さいね」

意外な展開にかなり焦ってしまっていたが、取り敢えずビールで喉を潤して、冷静さを取り戻す…つもりだったのだが。

“チン!”

「で、出た!何だろう?あのレンジの音」

「こちら御通しですので、どうぞ」

中川夫人が持ってきたのは、小皿に入ったメンチカツだった。

「こ、これスーパーの…っていうか御通し?」

のっけから型破りな展開に全員唖然とする。

「はい。ビールお待たせさま!」

「あ、ありがとうございます」

麒麟ビールのロゴやアサヒビールのロゴなど、とにかくどこからか寄せ集めてきたようなジョッキにビールが注がれている。

「おい…沙織。これ…ぬるい」

「ブっ!」

由香が急にメンチカツを吹き出す。

「由香さん!大丈夫ですか?」

「ごほごほ…ごめんね…。これ、凄過ぎるわ」

ネットの口コミなんてものでは無い…。これは、イマから本当に凄いことがおこりそうだ。厨房で大きな笑い声が聞こえている。もしかしたら、今からマトモになるかも。

そんな私の想像は虚しく、悪夢はここからが本番だった。

つづく

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