閑静な住宅街にありながら、この切ないサービス。
中川さんのお店は本当にヤバいかもしれない。とはいえ、この雰囲気を見た感じ、私は薄々と何かに気付き始めていた。
「ごめんね!はい、前菜です」
奥さんが持ってきてくれたのは前菜らしき、黒い塊だった。
「う、うわ~。これ何ですか?」
「これかい?えぇっとね…ちょっと!アンタ!」
前菜から忘れてしまうとは凄まじい。
「それか?えっとな…。ハンバーグだよ!」
「ハ、ハンバーグ!?」
ハンバーグと言われたその食べ物は、白く小さな器のちょこんと乗せられ、切なさそうな表情で焦げついてる。
そもそも、前菜にハンバーグが登場することすら奇跡だが、何といっても、見た目があまりにも恐過ぎる。
「まぁ、案外美味しいかもしれないじゃん。食べてみようよ」
勇一が果敢にその黒い物体を口に運ぶ。
「ん!?これ、イワシ?」
イワシのハンバーグ自体珍しくは無いが、イタリアンレストランで前菜に出すのであれば、まさに斬新だ。
「味つけは?」
「いや…。特に特別なことはされてないな。んで、表面の黒い部分だけど…」
「俺も食べみます!んぐ…、ゴホっ!ゴホ!」
梶原君が急に咳き込む。
「それ、普通に焦げただけだろ?」
「これヒドいですよ…。何スかね…」
「由香、食べていいよ」
「沙織。それはダメよ。しっかりと味わって、中川さんにアドバイスしにきたんでしょ?」
今日は本当に食欲が無い。私の家は別に貧しかった訳では無いが、食べ物は毎日母親が節約をした、創意工夫の料理が食卓に並んでいた。
“どんなに美味しくない料理でも、食べ物には何も罪は無い。だから、どんなものでも感謝しながら食べなさい”私の母はいつも私にこう言い聞かせてくれた。
そのためか、どんなにマズいと言われているものでも、しっかりと食べ、食欲自体が無くなることはまず無かった。
しかし、今回は違う。作り手の暴力によってイワシが悪党になってしまった。こんな感覚は始めてだったので、正直戸惑ってしまっているのだ。
「分かったわよ。きっと2人とも趣味に合わないだけよ」
そう言って、私はその物体を口に入れこんだ。
「マズい…でも…なんだろう。これ、イワシのハンバーグじゃないわ」
「そうね…。これ、あ!もしかして…」
こんなことが起こるとは思わなかったが、しっかりと味わうことで、私と由香はとんでもない事実に気付いてしまった。
「うちの店のイワシ団子!」
信じられないことに前菜に、おでん用のイワシ団子を数個寄せ集めて焼いたようだ。恐らく、このイワシ団子は廃棄にするため中川さんに渡した物…。
美味しいとか以前に、その奇跡的な発想に私は徐々にテンションが上がり、おかしくなり始めていた。