食のグローバリゼーション 44

料理と映像で、しみじみと楽しむ秋刀魚の味

~ 日本料理 秋刀魚の刺身 ~

米をはじめ様々な野菜や果物の収穫の時期を迎える秋には、様々な食材が溢れる。毎日の食卓に並ぶ料理のバラエティーが豊かになり、夏の暑さのために細り気味であった食欲が蘇ってくる。太陽の光を浴びて育つ農作物だけではなく、海に暮らす魚介類にも旬の時期がある。中でも秋刀魚は秋の味覚の代表格と言って差し支えないだろう。

秋刀魚の最も一般的な料理方法は塩焼きだ。調理をしているときの香ばしい煙や、ジュージューという音にも食欲が掻き立てられる。極めて簡単な調理方法ではあっても、素材のもっている旨味を十分に引き出してくれる。でも魚の料理方法で最もシンプルなのは刺身だ。包丁を入れる以外全く手を加えることのない料理には、文字通り素材の味覚以外のものが入り込む余地はない。

ところが秋刀魚は痛みやすい魚だとして知られている。数十年前であれば、秋刀魚の刺身を味わうには、水揚げされた漁港の近くにまで行くしかなかった。それが、保冷技術や輸送手段の飛躍的な進歩によって、都心にいても生の秋刀魚に出会えるようになった。技術の進歩が、私たちの食生活を大きく変えてくれたわけだ。

魚貝類を刺身で味わおうとすると鮮度が命となる。新鮮な秋刀魚を見極めるポイントが幾つか知られている。目に濁りがない。背は青黒く腹は白銀色で境界線がくっきりして、全体にキラキラとした輝きがある。口先がほんのり黄色い。見た目の条件が揃った秋刀魚を取り上げ、尾を持って秋刀魚の頭を上に向けたとき、体が曲がることなくまっすぐに立つものであれば申し分がない。秋の秋刀魚にはしっかりと脂がのり、刺身で食べると旨味が凝縮した脂が口の中でとろけていく。

この秋刀魚の味に触発されたのか、世界的にも評価の高い映画監督の小津安二郎が一つの作品を創作した。1962年に公開された『秋刀魚の味』は、生涯に50作品を超える映画を発表した小津安二郎の最後の作品だ。

『秋刀魚の味』のタイトルをもちながら、スクリーンに秋刀魚が映し出されることはない。映画の公開の時期に合わせてつけただけのタイトルらしい。小津は日本の一般的な家庭生活でのできごとを描き続けた。娘の結婚や親子の関係は、小津が繰り返し取り上げたテーマだ。

『秋刀魚の味』でも、このテーマが描かれる。主人公の平山周平は長男を結婚後独り立ちさせた後、次男、長女と3人で何不自由ない生活を送っている。中学校卒業後も親しくつきあう友人達と、恩師を迎えてクラス会を開く。恩師は早くに伴侶を失ったため、娘を嫁がせることなく場末で中華ソバ屋を営む暮らし向きだと知らされる。恩師の述懐から、平山は長女に中学校時代の友人が紹介してくれた人との結婚を勧め、秋も深まった日に静かに嫁いで行く。長女がいなくなった平山家には、ポッカリと穴が開いたようなもの悲しさが漂う。

小津安二郎の全ての作品は、「小津調」と呼ばれる映像美でスクリーンが埋め尽くされる。ロー・ポジションに固定したカメラから、構図を変えることなく一つのショットを完成させる。低位置から撮影された画像は、畳に座って会話する登場人物の姿をリアルに表現することに成功している。同じ構図の中で人物が動くことによって、安定感や落ち着きがスクリーンに滲み出してくる。

どこにでもありそうな日本の家庭での様子が、大衆魚の秋刀魚に結びつかなくもない。包丁を入れるだけの素朴な調理方法による刺身には、秋刀魚がもつ素材の味覚しかありえない。秋の夜長に旬の味覚を楽しみながら、ゆったりとした気分で映画を観るのも悪くなさそうだ。

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