食のグローバリゼーション 47

ハプスブルク帝国最後の皇帝の食卓からウィーン市民に広まった肉料理

~ オーストリア料理 ターフェルシュピッツ ~

現代の日本の食卓には、伝統の和食をはじめ、洋食、中華料理、エスニック料理など、世界各国の料理が溢れるようになった。明治時代から生活様式の欧米化が促進される中で、食生活も大きく様変わりした。古くからの習慣に諸外国の文化が加わると、人々の生活は豊かなものになっていく。

ヨーロッパでも大陸の中央に位置するオーストリアは、周辺諸国から様々な文化を取り入れてきた。中世の時代には、強大なハプスブルク家が広大な領地をもっていたため、容易に周辺諸国の文化が取り入れることができた。帝国の頂点に立つ皇帝ともなれば、領地から届く珍しい文物に触れることができ、日々の生活は新鮮な感動に満ち溢れていたことだろう。1日3度の食事も、様々な食材や調理方法が採用され、グローバル化が進んだ。

ターフェルシュピッツは現在のオーストリアを代表する料理だが、その起源を辿ると皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の食卓に行きつくようだ。皇帝が好んで食べていた料理を当時のウィーンの市民は、盛んに昼食のメニューとしたのだ。瞬く間にウィーン市民の生活に浸透し、その習慣は現代にも引き継がれている。

フランツ・ヨーゼフ1世は、1848年から1916年までの長い歳月の間、皇帝を務めたハプスブルク家の実質的な最後の皇帝だ。68年の在位の間に様々な改革を行い、現在のウィーンの礎を築いた。1857年にはウィーン市内を囲んでいた城壁は撤去し、リング・シュトラーセと呼ばれる環状道路を作ったことが広く知られている。このリング・シュトラーセは現在のウィーンの街を形作る幹線道路となっている。

通り沿いには国立歌劇場をはじめとして、市庁舎、帝国議会、証券取引所、大学、博物館、劇場、楽友協会など、ウィーンの人々の生活と文化を支える施設が数多く建造された。各々の建築物には、ロマネスク様式、ゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式、ロココ様式などの歴史的な建築様式が採用され道路の両側は、まるで建築アートの美術館のようだ。

リング・シュトラーセに続々と新しい建物が建設される中、皇帝の食卓から市民生活に広まったターフェルシュピッツは、牛肉を煮込んだ料理だ。食材とする牛肉には、ステーキ用として人気のあるサーロインの後部のランプの部位を用いる。腰から臀部にかけての赤色の肉には霜降りは入りにくいが、きめ細かく柔らかな赤身肉として高い価値をもっている。

ランプ肉の他に玉ネギ、人参、長ネギ、セロリなどの野菜を加え、1時間半から2時間近くじっくりと煮込めば、ターフェルシュピッツができあがる。風味をつけるために、ローリエ、コショウ、クローブ、ニンニク、ベイリーブなどが併せて用いられる。

食欲をそそる湯気がたちあがる熱々の肉に、リンゴと西洋わさびのホースラディッシュのソースを加えて味わう。長い時間をかけてしっかり煮込まれた赤身の肉は、とても柔らかくジューシーになっているため、口に入れると舌の上でアッという間にとろけていく。脂肪が少ない上に風味が食材の隅々にまでゆきわたり、牛肉を食べていることを忘れてしまいそうだ。

レストランによってソースにも数々のバリエーションがあり、クリーム状のチャイブ・ソースや、ほうれん草のペースト状ソース、サワークリームと青ネギを使ったソースなどが工夫されている。どのソースを使っても、きめの細かいランプ肉の食感が失われることはない。ターフェルシュピッツにナイフを入れるフランツ・ヨーゼフ1世の姿が偲ばれてくるようだ。

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