旧日本近代文学館が遊び場だった頃

東京の歴史を振り返ると、

江戸の昔から火事・水害・震災・戦災などにより、貴重な歴史的建造物の多くが失われてしまった。

現在においても社会経済の進展に伴い、これら文化財の多くが失われつつある。

文化遺産としての建造物といえば、神社仏閣が思い起こされるが、山の手に僅かに遺る和洋折衷型住宅も文化遺産と言えるだろう。

しかし、その建物も時代の趨勢により消えゆく運命にあるようだ。

 

その和洋折衷型住宅を建てる上で参考となったのが、駒場にある。

この建物は目黒区が管理する公園内にあり、区立駒場公園として解放されている。

元々はあの加賀百万石の旧前田家の屋敷であった、84年の歴史ある建造物だ。

敷地面積は約12,000坪を有する広大な土地に、洋館・和館・そして日本近代文学館がある。

戦後一時、この建物はアメリカ極東軍ホワイトヘッド空軍司令官の官邸として接収されたが、その後東京都へ移管され現在に至っている。

 

正面玄関を入ると大きなヒマラヤ杉があり、玉砂利が敷かれた鬱蒼とした森の小径を歩くとチューダー様式を簡略化した建物が見えてくる、その建物を眺めるとなぜか心が落ち着くのである。

 

元々の住まいから15分程度の距離、気が向くとここに立ち寄り館内をぐるりする。

 

現在その洋館は旧前田家本邸と看板が掲げられているが、

以前は東京都近代文学博物館と言う名称で、明治、大正、昭和と日本の文学に足跡を残した作家たちの生原稿や書簡などが展示されていた。

その原稿はガラスケースに閉じられていたが、在りし日の作家たちが書いた原稿にはなぐり書きのものや走り書きがあったりして苦悩が垣間見られた。

 

しかしその運営も無駄な浪費という名の下に、元都知事の一喝で11年前に幕を閉じてしまった。

作家たちの遺作は江戸東京博物館に移管されたり、家族の下へと帰ったらしい。

 

オリンピックに膨大な資金投下をすることの方が無駄な浪費と思えるのだが、文化を継承していくことこそ意味があり価値があるのではないだろうか。

 

閉館を知ったのは、こちらの生業を職員が知っていたことが発端だった。

職員は懇願するような顔で、閉館しない方法はないだろうかと当方に相談を持ちかけた。

 

咄嗟、無い頭でいろいろ思いついたことを挙げてみたが、館の文化遺産は区民の殆どが知らないまま閉じてしまった。

その代わりに、公園の一角に日本近代文学館を創設した、元は図書館であったが、識者たちの力添えか何かがあったのだろう。

ここでは図書や雑誌を中心に、数々の名作の原稿も含め、107万点の資料を収蔵していると言う。

 

何はともあれ、元通りになった訳では無いが文化・芸術の作品を直に見ることができたというのは良いことだ。

ただ残念なのは、東京都近代文学博物館時代は無料であったものが、ここの館では有料となってしまったことだ、高々100円であるけれども無いに越したことは無い。

 

公園奥には和館がある、金沢にあった前田家の屋敷を駒場の地に移築し直したのである。

この建物を見れば分かるが、相当な手間と時間を要したことだろう。洋館とは全く趣を変え、完全な書院造りの日本家屋だ。

ここでは時折お茶会などが催され、和服姿を見かけることもあった。

 

中に入ると畳がびっしりと敷き詰められ、その広さに圧倒される。腰を下ろしそこから眺める庭園は美しく、四季の移ろいを間近に見ることができる謂わば穴場とも言える場所だ、こちらは洋館と同じく無料である。

 

平日は殆ど来客も少なく、よく午睡を楽しんだものだった。

もちろんルール違反を承知でのことだ、これも若気の至りとして許してもらう他ない。

ルール違反序でに、洋館は2階のみ閲覧となっているが実は3階もある、その3階に友人たちと忍び込んでは危険度の快感を味わったりもした、10代とは言え恐れを知らぬバカなことをやったものだった。

 

洋館のバルコニー前に庭がある、これが言ってみれば公園と言われるものだろう。

この建物が出来た頃は、この庭で園遊会のようなセレモニーがあったのではと想像してしまうほど通常の公園とは一線を画す。

 

3月下旬ともなると公園を囲むように桜の花が咲き誇る、香しい香りが庭園を満たす。

その庭の横にテニスコートがあった、一面であったが、友人たちとよくテニスをしたものだった。

管理者からクレームが付くかとヒヤヒヤしながら当初していたが、注意されること一度も無く、お遊び程度のテニスであったが考えてみると隠れ家的テニスコートとも言えた。

このコート、アンツーカーでもなければクレーでもなく、グラスコートでもない、アスファルトのようなコートであったため、ボールの毛が直ぐに擦り切れてしまいテニスをするには不向きなコートだった。

推測するに管理が大変なため、アスファルトに変えてしまったのかも知れない。

そのテニスコートは既に壊され、廃木置き場となってしまった。

 

東京にはこのような洋館がいくつか遺っている、例えば旧古河庭園や朝倉彫館そして旧岩崎邸庭園などがあるが、やはり馴染みある旧前田家本邸が心休める安住の地である。

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