王朝時代の食は貧食?!

秋は食欲をそそると言われるが、

どうもこのところその欲求が衰えている気がしてならない。

イギリスの作家サミュエル・ジョンソンの警句に”腹のことを考えない人は頭のことも考えない”と言うのがある。

となれば、既に脳細胞もいかれていると言うことになる。

「食」の愉悦や深淵にまつわる書物はたくさん出回っているが、若い頃には時を忘れ貪り読んだ記憶がある。

それがどうだ、テレビを観ても雑誌を読んでもシズル感や垂涎の的など内から湧いてこない、いよいよ以て肉体の世紀末の到来か。

ピーター・グリーナウェイ監督の“コックと泥棒、その妻と愛人”は食欲と性欲、人間として抑えることの出来ない2つの欲望が渦をまき、そこに集う人々を呑み込んでいく物語だったが、その熱き渇望もいまや風前の灯火。

予て、天皇即位式である大嘗祭では、食事と営みが同時に行われていた。

もちろん”神と共に”という点で同じ役割を与えられていたのだが”食べる”ことが営みに劣らず根源的でエロティックだった、ということでもある。

 

パゾリーニをまつまでもなく”食べる”とエロスは同じ世界にあった。

食は、本能の中で食べるという行為がもっとも醜いと言われているが、古典文学にそれを匂わす文献がある。

”枕草子”における「食」——「食と文学」論の論文を著した名古屋女子文化短期大学の田中政幸教授によると、古典文学には”食”に関する記述が無いというのだ。

それをカリカチュア的に”食欲軽視の文学”と揶揄した。

物語の主要登場人物たちは、食べる楽しみや喜びを表に出すことを、はしたないと感じる美意識を持っていたのではないかと指摘している。

故樋口清之氏(元國學院大教授)も似たような文章を書いている、樋口氏は源氏物語を”食欲不在の文学”と名付けた。

源氏物語や枕草子に限らず平安朝文学には”食欲の快楽、調理の美、食品の味覚について述べたものが非常に希であり、食欲不在の文学であるといえるだろう”と記している。

さらに特筆すべきは、“この時代の食べ物がまずかったからであり、食べるものに喜びを感じない生活を送っていたからだ”うーん、ここまで言うか、江戸時代ならまだしも平安時代の調理法はさぞかし単純であったからなのかもしれない。
そのような背景から、古典文学の中には食の記載は乏しく、それを避けるためかどうかは分からないが”王朝の恋”を著しく描いた……とも言えよう。

 

「和名類聚抄」、平安時代中期に編纂された百科事典のようなものである。

その中に貴族たちが食べた200余種の食品が載っている。

まず穀類、うるち米・餅米、大麦、小麦、カラス麦、そば麦、キビ、アワなど。

豆類は、大豆、小豆、エンドウ豆など。野菜は、青菜。高菜、大根、ミョウガ、こんにゃく、フキ、ワラビ、ネビル(野蒜の別名)、なす、きゅうり、ニンジンなど。

果物類は、ザクロ、ナシ、クリ、グミ、アンズ、リンゴ、スモモ、モモ、カキ、ビワなど。

海藻類は、ワカメ、アオノリ、ヒジキ、モズクなど。

禽獣類は、キジ、ハト、ウズラ、カモ、イノシシ、シカ、ウサギ、ブタなど。

さらに魚介類では、カツオ、マグロ、タイ、イカ、アワビ、サザエ、シジミ、アサリなど。

現在食卓に並ぶものと変わりがないと思ったが、否かなり贅沢な食べ物ばかりだ。

 

 

平民は別として、列記されているのを見て驚くのは食材の豊富さである、しかしこの食材をどのようにして調理したのか。

件の文献には、副食にあたるものは煮炊き、焼く、蒸すと書かれている。

魚介類などは運ぶのに時間を要したため、干物か塩漬けが多かったと記されている、さぞかし塩分が多かったと推測する。

また、調味料は塩・未醤(みそ)・醤・酢の4種類、未醤と醤(ひしお)は今の味噌と醤油の範疇ではないらしい。

醤は鳥獣の肉や魚肉に麹と塩を混ぜ、酒を加えて造った、塩辛の類である。

古より塩と麹はどんなものにも相性の良く使える調味料だったわけだ、一時期ブームを起こした塩麹、千年前からの調理法が現在と繋がっていたとは。

ということは、誰もが当たり前に使っている醤油は大分後になってからの登場となる、16世紀、信長が跋扈した安土桃山時代の頃である。

平安時代の食の文化、研究者たちから見ればお粗末な食事であったかも知れないが、それ以上に気に掛かるのは平民や農民たちの食。

食欲軽視の文学、食欲不在の文学と指摘したのは貴族社会、果たして言うところの庶民は何を食べていたのだろうか。

飽食の時代が去り、個食の亡霊が忍び寄る昨今、いつの世も人間は喰うと言う行為に振り回されている感は否めない。

 

関連記事

アーカイブ

ページ上部へ戻る