そばを手繰る

新そば到来の季節と思っていたら、そばの季節は夏新と秋新の2種類あるらしい。

てっきり10月下旬から11月上旬に出回るものを新そばだと認識していた。

いずれにせよ、新が付く口に入るもの全てに気持ちが騒ぐ、新そば、新米、新酒そして11月の第三木曜日にお目見えするボジョレーヌーヴォーという具合に。

 

時に、そばを食べることを”手繰(たぐ)る”と言う御仁がいる、一種の符丁、隠語、合い言葉とでも言おうか。

辞書でたぐるの由来を調べてみたが、どれも今ひとつ合点が行かない、いわゆるそば通と称する方たちが使いたがる言葉だと推察する。

日本人はそばに目がないことは重々承知だが、食べ方をあれこれ難癖付ける連中がいる、そばつゆにそばをたっぷり浸け食べるのは田舎者のやることだと。

江戸っ子はそば猪口にさっと浸けてすするのが粋であり、たっぷり浸けるのは野暮天というものだと宣う。

パスタは音を立てずに食す、そばは音を立てながら食す、まぁお国によって食べ方の流儀があるだろうが当人が旨いと思えばそれで良い。

所詮粉もの、水で溶き固めたものに口角泡を飛ばしながらギャーギャー騒ぐのはそれこそ粋でない、そばの楽しみは風味であり、そばのコシにこそそばの命があるというものだ。

 

10代目金原亭馬生という噺家がいた、古今亭志ん朝のお兄さんである、それでも分からなければ女優の池波志乃の父親、さらにはその連れ合いの中尾彬、とここまで書けば分かって頂けるかも知れない。

その馬生師匠が”そば清”の枕の中で「江戸っ子が、1度で良いからそばをつゆにたっぷり浸けて食べてみたかった」と言い残し、事切れるというオツな噺があった。

 

その江戸っ子、通説では三代続かないと江戸っ子とは言えない、と言われているが果たして真意は……。

江戸の範囲は千代田区と中央区に限定される、つまり江戸城周辺の数キロの範疇になる、従って江戸っ子と呼べる人数も自ずと限られるわけだ。

通常下町あたりを江戸っ子と思われるが、この辺りは江戸とは言わなかった。

つまるところ、三代続こうが千代田や中央に生まれないと正真正銘の”江戸っ子”はなれない。

渋谷区も世田谷区も目黒区も江戸っ子ではないのである。

そば屋の老舗と言えば、ざっくりだが更級系、藪系、砂場の3系列になるだろうか。

そこの老舗と言われるそば屋に何度か入ったことがあるが、つゆや食感の唸るほどの衝撃はなかった。

元々そばが好きであちこちの暖簾を潜る、気付くことは老舗以上のそば屋が増えていると言うことに驚かされる。

代々木上原にあるY店や下北沢のK店にD店この辺りが口に合い、香りと食感は格別である。

但しこれは当方だけの味覚でありひとさまにお薦めするわけではない。

中でもそばを食べるに最も雰囲気あるのが下北沢のD店、店内の一角にケヤキの木がそびえ立ち客をもてなすかのように植わっている、それを眺める度になぜか安堵してくるのだ。

店の正面に森厳寺という寺がある、この森厳寺、徳川家康の次男結城秀康の位牌所として建立された寺院とか。

また「淡島の灸の森厳寺」、針の供養としても有名らしい。

その寺前にひっそり佇むD店、一見すると民家と見間違えるほどの構えで、のれんが無ければ通りすぎてしまうだろう。

下北沢と書いたが、駅から大分離れて場所にあり、そこがまたこちらの感情を擽るのである。

 

先日、NHKのプロフェッショナル 仕事の流儀で、そば打ち職人高橋邦弘さんを取り上げていた。

一見、腰が曲がった小太りの初老の男性という印象であったが、それを一瞬にして覆した。

高橋さんの手さばきは68歳という年齢を超えたスピード感溢れる仕業であった。

高橋さんは言う、そばは、実を粉にひいた瞬間から、風味が急速に失われる繊細な食べ物だと。

多分それは、粉全般に言われることだと思う、米もそうだ。

米は生鮮野菜の部類に入る、だから鮮度が命。

安い米でも、その都度玄米を精米器に掛け白米にすれば美味しいご飯が食べられる。

米もスーパーなど買うのではなく、米屋で買うのが賢い買い方だ。

一方、魚や肉は時間を置くと旨味が出るので、寝かせた方がベストである。

 

食べ方を知っているか否かで”食い物”は千変万化する。

ということからそばは時間との戦いで、高橋さんはそばを打つ時間もリズミカルで生地を1.2ミリの幅で正確に仕上げていくのだ。

通常プロの職人でも生地から仕上げまでに40分掛かるところを20分でやってしまう、即興のアーティストに思えてくる。

高橋さんは”無駄を削ぎ落とす”と言うが、ここまでの道のりは容易いものではなかっただろう、失敗を繰り返し、その中から動きの無駄を見つけ出し、各界の名人たちを唸らせるまでになったのだと思う。

見ていると何事も自分から率先して動き、そばのイベント大会へ出かけるのも自身でトラックを運転し、とにかく高橋さんを囲むスタッフの中で一番動きが機敏だった。

若いのが”腰が痛い”とポツリ、しかし高橋さんは黙ってそばを打つ。

高橋さんはそば打ちで腰が曲がってしまった、ある種の勲章に近い。

そばは、不思議な食べ物だ、そば打ちは時間を要すが、食べるのは一瞬だ。

だからこそシンプルゆえにごまかしがきかない料理だと高橋さんは言う。

そこまで熟練した技はそばと己を”たぐり寄せた”からこそ、なのだろう。

 

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