地球の巨大なエネルギーによる地殻変動が構築した群峰
画家や彫刻家などのアーティストは、一人一人が育んだ独特な感性や美意識に基づいてアート作品を創作している。
どの作品にも作家の独創性が漲る。
ヨーロッパの美術史においては写実性が求められる場面が多かったが、近代になってアート作品は幾何学的な造形という視点が芽生え、多角的な表現様式が生まれるようになった。
1930年代に入ると、イサム・ノグチは「地球」そのものを彫刻の素材とすることに着眼した。
古墳や古代遺跡、日本庭園などがノグチの感性を呼び覚ましたのだ。
「地球を彫刻した男」のエネルギッシュな創作活動は、ランド・アートと呼ばれる表現様式を創出し、ロバート・スミッソンやマイケル・ハイザーなどのアメリカのアーティスト達を刺激した。
岩石、丘、砂漠を素材とした大規模なアート作品が次々に創作されるようになった。
制作には長い時間を要するため、現在も制作が続けられている作品もある。
このような地球規模のアート創作は、20世紀以降に初めて登場したものに思えるのだが、世界各国に残る造形物に目をやると、ランド・アートに匹敵するものが、それ以前に形作られていたことに気づく。
エジプトのピラミッドや、ペルーのナスカの地上絵は、太古のアース・アートと呼ぶことができよう。
太古の昔にも名も知れぬアーティストが活躍し、地球をステージに創作活動を行っていたのだ。
ピラミッドは、古代エジプトの王墓と伝わるが、ナスカの地上絵は目的、制作者、制作方法の全てが謎のベールに包まれたままだ。
しかし、空から地上に描かれた図形を眺めれば、誰の目にも紛れもないアート作品として鼓膜に焼きつく。
ナスカの地上絵は、明らかに人の手によって描かれた作品だ。
南アメリカ大陸西部の太平洋沿岸地域に近い高原に描かれた。
地表に刻まれた絵柄は、地球上の他の地域では見ることのできない個性的なアート作品なのだが、地表を東の方向に辿ると険しい山々が折り重り、地球の起伏そのものが一つのアート作品に見えてくる。
南アメリカ大陸の西側には太平洋に沿って、アンデス山脈の山系が繋がる。
北緯10度から赤道を超え南緯50度に至るまでの7500キロにわたって、地表にダイナミックなオウトツが形作られている。
幅約750キロの連峰は、地球上で最も大きな褶曲山脈だ。
今から約6000万年前の新生代第三紀末から、太平洋プレートと、ナスカプレートが南アメリカ大陸とぶつかり合うことによって、地表が隆起して形成されたと考えられている。
群峰の中には、標高約7000メートルのアコンカグアを最高峰として、6000メートルを越える高峰が20座以上も聳え立つ。
太平洋に浮かぶ日本列島を含め地球の表面を覆う大地は、全て地球の長年にわたる地殻活動によって生まれたものだ。
地球のもっている莫大なエネルギーが、地球というアート作品を構築したのだ。
私たち人間が日頃踏みしめている地面は、地球規模のアート作品の一部であるわけだ。
アンデス山脈は南アメリカの国々、ベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、アルゼ
ンチン、チリの7ケ国に跨る。
南アメリカ大陸の上空を飛ぶ飛行機の窓は、アース・アートを映し出すフレームの機能を果たす。
地上では無機質な窓枠が、上空では有機的な額縁に変貌する。
眼下には幾重にも折り重なる山々の光景が途切れることはない。
雲を突き抜ける高峰の頂きを眺めれば、雲海に暮らす仙人にも似た心境だ。
雲の合間から急斜面の渓谷が現れれば、厳しい自然が忍ばれる。飛行機が着陸すると、そこはアンデスの大地なのだ。