大橋歩展〜平凡パンチが原点だった

川久保玲さん、故ファッションモデルの山口小夜子さん、大橋歩さん、この3人に共通するものがある、それは髪型、ボブカットである。

各々強烈な個性の持ち主で、いつからその髪型になったかは存じ上げないが、その一人大橋さんが代官山で個展を開いた。

代官山 蔦屋書店が2周年を迎えるにあたり、それを記念しイラストレーターの大橋歩さんの個展が11月6日〜12月5日まで催されていた。

好きなイラストレーターの1人と言うこともあり、ワクワクしながら会場に足を運んだ。

 

 

大橋歩さんと言えば、まず頭に浮かぶのは”平凡パンチ”の表紙だ、最近の雑誌でこれに似た男性雑誌はあるだろうか、ファッション面とセクシーなものを中心とした週刊誌だった。

思春期の頃と言えば、ファッションに目覚め異性にも興味を示す年頃である。

ネットなど存在しない時代に、流行のものを知るにはこの雑誌が打って付けだった。

当時流行の発信元と言えば、石津謙介ブランドのVANもう片方はスタイリッシュなJUNと言うブランド、この2社が若者の人気を二分していた。

VANが東部の名門大学アイビー・リーグを基調としたデザインで、JUNはヨーロピアンスタイル路線を行く、互いに雌雄を決するほどではないが流行を気にする青臭い若者どもは何れかの衣服を着、ある種の恍惚感に浸っていた。

かく言う私もそのひとり、チノパンの色がどうしたのとか、シャツはボタンダウンが基本だ、靴の基本は、ネクタイはレジメンタルでなければ云々と夢にうなされたようにバカなことを口走っていた。

今思うと気恥ずかしさが先に立つ、10代は一種の麻疹に罹ったようなものであった。

 

平凡パンチ、大橋さんの描くイラストはソフィスケートそのもので、若者を引き寄せるのに充分な雑誌であったことは間違いないと思う。

この表紙と並んで、高校時代時折求めていたのが”メンズクラブ”だった、その中に大橋さんのイラストがここでも載っていた、一目で”大橋歩”と判ってしまう、これは凄いことである。

平凡パンチで、彼女が描く男子の顔が印象的で今もなお気になっていることがある。

黒味がかった顔、いや黒と言うよりブラウン色と言った方が良いかも知れない。

なぜにこのような色合いにしたのか伺ってみたいところだ。

顔に強めの配色を施すと言うのは、スポーツマンを
意識してのことだろうか、彼女の描くイラストの対象物はどちらかというとアイビー・リーグ色の印象が強い、表紙に登場する人物像は短い髪、細身のパンツ、ジャケットもナチュラルショルダーという風に、あの”JUN”とは一線を画す、ご本人も当時はアイビ−・リーグ派だったのだろうか、と勝手に推測してしまう。

それとも、平凡パンチという名前故に、インパクトという視点から見ればJUNの色合いでは弱いイメージになってしまうか、あの表紙はヨーロッパに軸足が向いていたものではなく、アメリカを意識していたものだ、と思う。

平凡パンチと言えば、団塊世代を象徴する雑誌だった、残念ながらその世代の範疇には属さないが、時々書店で立ち読みしたり買ったりもした。

 

週刊平凡パンチの表紙のイラストを創刊号から7年間もの長きに渡り大橋さんは描いてきた、その作品数は390点にも及ぶ、さらに毎号コラムを掲載していたと言うからそのパワーに驚かされる。

たとえ非凡な才能を持ち合わせていても、週刊誌の表紙を1週間の中でアイデアを絞り出すこと自体至難の業だと思う。

否、まるまる1週間あるわけではない、アイデア〜製作〜印刷までの実の製作日数は3日あるかないかだと推測する。

知力・体力は個人差がある、プロとしての生命線はいつもぎりぎりのところにあり、常に一定の水準が当然のようにのしかかってくる、イラストレーターは画家ではない、市場原理が働くビジネスモードの世界である。

アマチュアは時に素晴らしいものを描けるが一定ではない、夢うつつのなかで描ければそれに越したことはないが、プロとしての自覚は常にスイッチが”オン”の状態でなければならない。

その才能と力量を絶やすことなく73歳となる今日まで続けているというのだから、凡百の人生を歩んできた我が身からすれば、ただただ敬服と言う言葉以外見つからない。

現在大橋さんは雑誌「Arne(アルネ)」と言う季刊誌を編集・発行されている、それも62歳の時に立ち上げたと言うのだからこれまた驚きだ。

大橋さん曰く60歳頃から仕事量が少なくなってきたらしい、これだけ実力を以てしてもそうなのだろうか。

かつてはクライアントから”自由に表現してください”と言われたが、近年はクライアントからの要望が強くなり”こんな感じで描いてください”になったと言う。

それにより、自分らしさを発揮できなくなり、自分のやりたいことを目指そうと思い立ち、それがこの雑誌の創刊に繋がった。

当初の発行部数は3千部だったが、今では3万部も発行されていると言う、この雑誌のコンセプトは”面白いと思ったことしか掲載しない”大橋さんらしい言葉だ。

精力的に駆け回る大橋さんのこれからの動向が楽しみである。

 

 

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