黒の美

イタリアのアマチュア写真家として生涯を貫き通したマリオ・ジャコメッリ、彼が捉える人間像は抜き差しならぬほどモノクロームの深淵さが漂う。

その画像から映し出されたコンテクストは息苦しいくらいに「生」と「死」が鼻先から匂ってくる、”白、それは虚無、黒、それは傷痕”だと、ジャコメッリは意識の排泄物のように表現した。

虚無と実存の境界を彷徨う被写体にジャコメッリはフォーカスし、彼自身の懊悩と併せてシャッターを切っていったのだろう。

方や川久保玲がパリデビュー当時、フィガロの紙上でボロルック・乞食ルックと揶揄されたコムデギャルソンの”黒の衝撃”も、もしかするとジャコメッリの傷痕に近いのかも知れない。

 

当時日本モード界に於いてのファッションは、ヨーロッパの高級プレタが主流であって、若手デザイナーたちにとって歯ぎしりするほど痛苦であったに違いない、その精神的な痛みを根底から覆すため、敢えて傷痕というメタファーを持つ黒をモチーフに川久保はパリの舞台に乗り込んでいったのだろう。

黒はセンセーショナルに扱われ、もはや寡黙も傷痕というイメージも一気に払拭され、黒の美を全世界に言わしめた。

それを証明するものが、キャロットタワー内にある生活工房で開催されていた。

題して”日本人の美意識としての黒色”、この展覧会は日本の伝統文化と歳時記の一環として催されているようだ。

黒がこれほど日本人の生活の中で密接に繋がっていたとは思いもしなかった、黒が持つ独特の優雅さそして耽美とも言える余韻がそこはかとなくギャラリー内をゆったりと流れているようだった。

 

日本人の暮らしの中で”黒”と言う色はいくつかの意味を持っているのだそうだ。

先ず、冠婚葬祭のシーンやファッションとして身に纏う”黒”。

更には、古典的な染色や陶芸の世界では泥や墨・炭などの素材を活かして表現された独自の”黒”があるという。

日本人の美意識は浮世絵や墨絵を代表とするジャポニズムとして、14世紀以降の欧州においても少なからず影響を与えたという。

しかも一時的な流行に留まらず、今もなお衣服や家具全般、ジュエリーに到るあらゆるクラフトやグラフィックデザインまでにもジャポニズム文化の要素がふんだんに取り入れられるようになり、コンテンポラリーアートやインテリアの世界では今なお継承されているのだそうだ。

いつしか黒色は江戸文化を象徴するような勢いで、粋や渋みを嗜好するおしゃれな江戸庶民たちの間で人気を博し広まっていったという。

展示されていた中で”五日市染”に目を見張った、泥染めの絹織物である、正統の純黒とでも言えば良いか。

”黒八丈”と言う名で江戸末期から明治にかけて、五日市周辺で盛んに作られていた絹織物。

丹前やはんてんなどの袖口布やかけ衿に使われていたという。

丹前……今では旅館あたりでしか見かけないものになってしまったが、どこか懐かしい響きと子どもの頃の想い出が往来する。

この織物、ヤシャブシの実と鉄分を含んだ泥を使う”泥染め”で染め上げる渋みを帯びた黒色が特徴だ。

それを今回、消えてしまった黒八丈を五日市染として地元の職人が蘇らせ、幻の黒として復刻した。

その影響のひとつに小江戸で有名な川越の”江戸黒”と呼ばれる漆黒の蔵がある、菜種油や松脂が燃えてできる「油煙」という高級なススを丹念に漆喰に混ぜて作った重厚な外壁である。

 

四季の事物で捉えると、黒は冬の異称、冬の季語として扱われる。

食材という視点で黒を見つめると、これまた”黒”が一段ともてはやされるのだ。

まず玄米菜食、黒が多く含まれ食材の宝庫らしい。

その理由は未精製の黒い部分にあると言う、ビタミン、ミネラルなどの栄養素が多く含まれ豊富な栄養素として注目を浴びている。

食材の中で黒のものを挙げると、ひじきがそうだ、子どもの頃は苦手な食べ物で、ほとんど手を付けなかったが今では好物の一つになった。

また正月のお重に供される黒豆もそうだ、椎茸、黒砂糖、海苔もその部類に入るのだろうか……これら黒い食材に含まれるポリフェノールなどが抗酸化作用により体内環境を改善してくれるという。

今回、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたというニュースが飛び込んできたが、ここでも黒は主役級として一気に名乗りを挙げることだろう。

日本に於いて黒は衣食住の全てを網羅し、果てはアートまで繋がっている。日本の文化が黒を中心に形成されている、と言っても過言ではないだろうか。

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