食のグローバリゼーション 53

イカ墨のもつ旨味と色彩が染み込んだ炊き込みご飯

~ スペイン料理 パエージャ・ネグロ ~

日本の冬の季節料理の筆頭といえば鍋料理だろう。

食材と調理方法の組合せで料理名がつけられることが多いが、鍋料理の場合は調理器具が料理名として使われている。

年末年始の宴会シーズンには、「今日は鍋ね。」という会話をよく耳にするものだ。

鍋料理と言うからには、鍋で煮る料理が想像されるが、何を食べることができるのかは不明だ。

メインの食材を鍋の前につければ、ふぐ鍋や鶏鍋などの料理名が完成する。

 

世界の料理名を見てもやはり、食材と調理方法を組合せることが多いが、スペインにも調理器具の名前が料理名となっているものがある。

日本ではパエリアとして人気の高いパエージャは、調理用具のパエジェーラに由来している。

パエジェーラは、浅い平底のフライパンで、パエージャを作るときにしか使われないようだ。

パエージャは、イベリア半島の米どころとして知られるスペイン東部バレンシア地方で生まれた。

パエジェーラの中に米と野菜、魚介類、肉を入れてじっくり炊き込む。

ヨーロッパではパンを主食としているが、スペインでは米も頻繁に食材として使われている。

イベリア半島に稲作をもたらしたのはアラブ人だ。

9世紀以降、アル・アンダルスのムスリムは盛んに米を作り食材に活かしてきた。

パエージャの他にもピラフを、スペイン料理として定着させた。

 

一昔前まではオレンジの果樹園で農夫たちが、オレンジの木の下にパエジェーラを置いてパエージャを作る姿を頻繁に見ることができたという。

パエージャを作るときには、塩とサフラン以外の調味料や香辛料を使うことはほとんどない。

比較的簡単なレシピで、食材のもっている本来の旨みだけが米に浸み込むように、パエジェーラの中で具材と米を炊き込む。

米の炊き加減は、柔らかくなるまでしっかりと炊く場合もあれば、パスタのアルデンテと同じように僅かに芯が残るように炊く場合もある。

バレンシアでは汁気がほとんど飛ぶまで火にかけることが多いようだが、カタルーニャ地方では汁気を残したところで火を止める。

米の炊き加減や汁気がパエージャの基本となるが、様々な味わいを加えるのがバラエティー豊富な具材だ。

パエージャ・デ・マリスコには、白身魚、エビ、ムールガイ、イカなどの魚介類がたっぷりと入る。

パエージャ・バレンシアーナの具材は、ウサギの肉、鶏肉、カタツムリ、インゲンマメ、ピミエントなど山の幸が中心となる。

パエージャ・ミスタは、シーフードと肉類の両方を入れた比較的新しいメニューだ。

いずれのレシピにしても、素材の旨味がしっかりと米に浸み込むように、具材がたっぷり使われ見た目にも豪華だ。

ところが、パエージャ・ネグロは少し趣が違う。

 

ネグロの名の通り真黒だ。

 

黒単色の彩りは、シンプルというより粗野なイメージを感じてしまうかもしれない。

色彩は決して食欲がそそられるというものではないだろう。

そのパエージャの彩りの正体はイカ墨なのだ。

イカ墨はスペインばかりではなくイタリアでも食材として頻繁に利用され、パスタソースにもなる。

イカ墨は、アミノ酸を多く含むため食材としての価値は極めて高い。

メラニンが色素の成分であり、黒褐色の粘度の高い液体を噴き出すことによって、イカは自らの命を守っているのだ。

イカの護身用の液体で包まれた米には、独特の香りとほんのりとした甘みが染み込む。

2種類の食材が絶妙のコンビネーションが、素朴な味わいを産み出している。

豊かな香りは食後も暫く口の中に残り続ける。

イカ墨の香りが残っている間は、自分の歯はセピア色に染まっている。

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