コンセプチュアル・アートを目指す、菊地成孔という男

三十代の女性たちが三々五々、身を飾りジャズスポットに集まっているという。

一種の流行……?とは違う兆しがそこには見え隠れする。

僅かな時間を非日常で満たされたいという願望(大人の女性への憧憬)がライブハウスへ足を運ぶ要因らしい、それはファッションも伴うライフスタイルをセットにしたメニューなのかも知れない。

70〜80年代にかけジャズ喫茶は隆盛を誇った、片手に哲学書、耳をつんざくようなスピーカー、良くも悪くもそんな時代があったことは確かだ。

しかし、そんな時代を懐かしむ暇もないほど時代は急速に変化し、ジャズ喫茶の聖地とも言うべき渋谷・新宿にあったジャズ喫茶の殆どは消え去ってしまった。

 

ジャズに酔いしれた中心と言えば団塊の世代、そのオジサンたちは今何を聴いているのだろう。

深夜に独り寂しくラジオに耳を傾けるのか、それとも煌びやかな街へ繰り出しているのだろうか。

こちらはもっぱらジャズをストリーミングで聴き憂さを晴らしている、国内のジャズも魅力的なアーティストはいるが少々物足りないのだ。

大分昔の事だが某民放局でジャズの番組の台本を書いていたことがある、その時はこちらの好きなアーティストばかりをゲストとして迎えた、演出家やプロデューサーには色々言われたが頑として受け付けずこちらの意志を貫いた。

思えば傲慢なやり方だったと思うが、今時このようなことをしたら直ちにクビだろう。

よき時代と言うべきか、制作者たちとの番組作りにはかなりの時間を掛け、互いに侃々諤々の様相を呈しながらも真剣そのものだった。

 

前述した国内のアーティストは物足りないと書いたが、気になるアーティストが二人ほどいる、一人はオノセイゲン、もう一人は菊地成孔、何れも音楽家であり作曲家である。

 

この二人だけはこれまでの日本のミュージックシーンをひっくり返してくれた音楽家だと思っている。

一人目のオノセイゲン、彼は87年に川久保玲から「洋服が奇麗に見えるような音楽を」という依頼により作曲、制作した”COMME des GARCONS/SEIGEN ONO”が有名だ、全面黒のジャケットである。

このCDをどのくらい聴いただろうか、以前ラジオCMのBGMにも使わせて頂いたことがあった。

彼はジャズのカテゴリーではないが、日本人とは思えない独特の音を作り出すアーティストに思える、彼については後日書くつもりである。

二人目の菊地成孔、この男が作り出す音色そしてサックスから流れる音は色香そのものだ、銚子の生まれと聞いているが南米もしくは西ヨーロッパの生まれではないかと錯覚するほど情熱的で、時にスリリングな音を奏でるアーティストのように感じる。

マイルス・ディビスに感化され、そして憧れ、マイルスに関する本まで書いた。

それがトリガーになったかは知らないが、象牙の塔で講座を持ち教養の世界にも一滴異彩を放った。

彼の根城は歌舞伎町だという、落ち着くのだそうだ。

歓楽街の真っ直中にある食堂の息子として生まれ、アカデミズムのアの字もない環境で育ち、近所には映画館やストリップ小屋、サパークラブなどに出前に行ったりしたそうだ。

そのような環境でフェリーニやゴダール、そして松竹・大映などのあらゆる作品を目にして育ったのだと言う。

そうした幼い頃の環境が彼自身に与えた影響は大きく、今日の”音作り”の基礎となって菊地成孔独特の生々しい音色が生まれたのだろう。

「音楽全てがコスプレだという境地に行ってはじめて、生身の自分と向き合えると思っている。

今そこらにあるコスプレは逆の方向に行っていると思うが、自分の表現が何かに対するアンチテーゼになっているとすれば、それは生身の自分自身と、自分以外の全員に対するアンチテーゼでもある。

マジで切れる人も有り難いし、仕掛けに酔ってくれる人も有り難い。

だから観客との頭脳戦とも言えるし、感覚戦ともある、その意味でギリギリの表現で渡り合っている積もりなのです」と、何かの雑誌に書いてあった。

かなり毒気のある言葉である、がしかし、この言葉の裏には真剣な思いが覗かせる、音のエッジを勢いよく疾駆し、その尖に何があるのか彼は実験しているのだと思う。

それもこれも、銚子という太平洋の荒波と歓楽街での環境がサックスのマウスピースから奮い立たせているのかも知れない。

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