アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 62

太陽の光を受けて燃え盛る炎に包まれたかのように見えるアンコール美術の至宝

~ カンボジア シェムリアップ バンテアイ・スレイ 1 ~

地球の表面は土で覆われているが、道路の舗装が進むに従って、土壌が視界からは消えつつある。

街の中で目に映るのはコンクリートとアスファルトばかりだ。

首都圏では運動場さえ、アスファルトで固められている学校も少なくない。

土がなければ如何なる植物も芽を出すことができない。

人間にとって住みやすい環境というのは、自然が消滅してしまった情景なのだろうか。

人手が加えられなければ、地表は土と石で覆われているはずだ。

土は黒っぽい色合いをし、石は白色に近い色彩をもっているのが一般的だ。

でも自然が産み出した色彩はアーティスティックで、中には赤石の石もある。

 

カンボジアのプノン・クレーン山麓に建造されたバンテアイ・スレイは建築物の全てが、赤みがかった彩りをしている。

赤色砂岩とラテライトによって築かれた建物は、遠くから見ると朱色のモノトーンだ。

バンテアイ・スレイの中の「バンテアイ」は砦、「スレイ」は女性を意味している。

柔らかな色調の遺跡は繊細な彫刻で包まれ、「アンコール美術の至宝」と賞讃されている。

アンコール・ワットやアンコール・トムなどの巨大遺跡で知られるシェムリアップから、北東に約40キロ離れたところに位置しながら、クメール朝のハイセンスな美的感性の結晶を創り出している。

 

バンテアイ・スレイは967年に、クメール朝の第9代国王のラージェンドラヴァルマン2世によって建設が開始された。

実際の工事は、王師を務めたバラモン僧のヤジュニャヴラーハの指導によって約30年にわたる歳月をかけて進められ、次代王のジャヤヴァルマン5世の時代に完成した。

アンコール・ワットなどに比べると規模は大きくはないが、精巧で優美な寺院だ。

 

写真(遺跡62-2)

 

伽藍は太陽が昇る東を正面として建ち、外周壁の塔門を潜り約75メートルの参道を進むと、第一周壁の塔門に辿り着く。

第一周壁はラテライトで築かれ、南北約94メートル、東西約109メートルの環濠を囲んでいる。

濠の内側には、第二周壁、第三周壁が中心に向かって築かれ、寺院全体の構造は三重構造をなしている。

これは、アンコール・ワットやアンコール・トムでも使われるクメール朝の特徴的な建築様式だ。

第一周壁の塔門を潜ると、左右にシヴァ神を象徴する男根のリンガがずらりと立ち並ぶ。

宗教的な意味をもつ石柱は、訪れた人々に中心部に向かう躍動感とエネルギーを与えてくれているかのようだ。

中央祠堂に対する期待を膨らませるためのパースペクティブな構図が形成されていると言えるだろう。

さらに三重構造をもつ周壁の塔門には、近代的な造形手法が採用されている。

中に入るに従って、間口は狭く、高さは低くなっているのだ。

西洋絵画で遠近法が使われるようになったのは、遠い昔のことではない。

それが10世紀の東南アジアの寺院建築の立体構成の際に、活用されていたことは驚愕に値する。

数学的にデザインされた塔門は、寺院を広く大きく見せる効果を産んでいる。

 

写真(遺跡62-3)

 

中心からの一点透視というわけではないが、参詣する人々の心は知らず知らずの内に、中央祠堂に向かって吸い寄せられていく。

8体の若者姿の守門神ドヴァラパーラが四隅で見守る中央祠堂には、ヒンドゥー教の最高神シヴァ神が祀られているのだ。

赤色砂岩を主な建築資材とするバンテアイ・スレイは、素材がもつ自然の彩りを失うことはない。

それが太陽の光を受けるとまるで燃え盛る炎に包まれたかのような景観を作り出し、雨に洗われれば朱色はより一層濃くなり深みを増す。

 

写真(遺跡62-4)

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