稲作が育んだ装飾的デザイン

松の内(本来は小正月の15日までを言うらしい)が過ぎ、家々の玄関からは松飾りが外され街はいつもの風景へと戻った。

浮かれた気分が永遠であったらと考えるのは、いささか無謀な話だがあのシーンと張り詰めた静寂さの中でのほろ酔い、街を闊歩するのは心地良いものだ。

今年の正月も昨年同様何も変わらない、西暦が13から14に変わっただけのこと、そう変わっただけのことなのだと自問自答しながら、2Kも14年経ってしまったことに後悔の念が交差する。

”1年の計は元旦にあり”という言葉があるが、未だその計画も定まってない、計画するからには実行を以てして完結したい、この数年計画倒れがどれだけあっただろうか、すべて独りよがりで終わってしまった感がある。

悪友たちからの賀状は、様々な願い事や計画が認めてあった、だがここで紹介するにはちと忍びない、歯牙にも掛けないくらいに子供じみていたからである。

己の希望をこちらに託してどうなるのだと言いたくなる、とは言え無下にするのも心が痛む、これも新年のご愛敬として心に留めよう。

 

家にじっと籠もっているのも厭き、自力二輪カブリオーレで渋谷・世田谷界隈をポタリング。

年末から天候も崩れることなく、道路も殊の外空いており渾身の力でペダルを踏み込む、がしかし身体が言うことを聞かず息が切れ、今にも心臓がパクッと口を開けそうな勢いであった。

代官山のTに立ち寄りシーレとクレーの画集を探すが、案じていた通りその願いは外れた。

目的の画集は神保町あたりまで足を運べば、探し物も見つかるだろう。

旧山手通りから玉川通りに入る、通常はこのような走り方はしない、もっぱら住宅街を抜け裏街道まっしぐらである。

不気味なほど玉川通りは空いていた、いつか思い切り玉川通りを疾駆したいと思っていた、チャンスである。

旧山手通りと玉川通りの交差する下り坂を力一杯漕いだ、風もなく絶好のロード日和である。

あっという間に三軒茶屋に着く、時間もたっぷりある三軒茶屋シネマで映画をと思い立つが、上映していたのは”マン・オブ・スティール”と”ホワイトハウス・ダウン”という映画だった。

二本立ては魅力的だが、こちらの欲望をかき立てるものではなかった。

愛車を駐輪場に置き、キャロットタワーの中へ入った。

 

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入り口近くに生活工房のポスターが貼ってあり、そのワークショップで”集う衣服展”が催されていた。

これを企画したのは衣服造形家の眞田岳彦さん、初めて知る名前である。

この生活工房は”暮らしをデザインする”を主題とする文化施設。

2007年からスタートした眞田岳彦さんと生活工房とのプロジェクトで”衣服”の視点で生活スタイルを見直すというのがコンセプトらしい。

”こころ豊かさ””幸福な生活”とは何か、その手始めが”稲と日本のくらし〜米・藁・集う”であった。

一時、糸井重里の”おいしい生活”というキャッチコピーがあちこちで見られたが、そのおいしいというキーワードも豊かさや幸福という言葉に裏打ちされたものだったのだろうか。

言葉は常に危ういものだと常々思っている、生きている事の不安から芽生えて来たものだ、PCやメモ帳に幸福や豊かさと言う文字を書いたところで、それを額面通りに受け取れない性格故に少々穿った見方でワークショップを覗いた。

 

“稲と日本のくらし〜米・藁・集う”の案内チラシにこのようなことが書いてあった。

「人間は、古くから”集う”ことで生きるための知恵を育み、幸福を得てきました。

集うことにより、秩序を維持し、協労し、祭事を行い、祈りを捧げ、また、災害などの非常時には”集う”ことで安心感を得てきました。

世界中どの時代、どの地域でも、人は様々な形で集い、智慧と生命を繋いできたのです。

本展では、新たな年を迎える節目であり、収穫に感謝する大切な行事のひとつである”正月”と、日本人の生活と心を支えてきた”米”を通じて、もう一度”集う”ということの意味やそこから生み出される本当に豊かな生活を皆様と考えてまいります」と記されていた。

そう、真の豊かな生活とは何かを考える、論を待たずとも大賛成である。

 

確かに遙か昔の日本人は互助の精神を持っていた、否持たざるを得なかったのである。

悲しいかなそれは貧困から来ている、今でこそ格差社会等という言葉がいとも簡単に謳われ、他方経済優先こそが日本国の命題であるかのような亡霊を多くの現代人は期待し眺めてやしいないだろうか。

経済が潤沢になれば自ずと真の豊かさや幸福は忘れ去られていく、まさに唯物主義が大股で闊歩するようなものである。

”村社会”と言う言葉が遙か遠い昔にあった、いわゆる共同体である。

稲作を中心とした堅牢な村社会が作り上げられた、人と人との繋がりが生産を生み出し、強い結びつきを旨とし、そこからはみ出した者は掟を破った者として離反される。

稲作から文化が生まれたのがCulture、つまり耕す、世界のどの国を見ても農業が核となってあらゆる文明が生まれてきた。

特に日本に於いては、稲作から技術が誕生し、それに関わる道具や衣服も今日の日本の土台となっている、また宗教もしかり。

 

“稲と日本のくらし〜米・藁・集う”では、藁で作った作品が所狭しに展示されていた、目を見張ったのは藁で編んだ蓑だった、これは雨具のひとつ、農作業する際、手を塞ぐことなく作業ができるわけだ。

形容する言葉が見つからないくらい美しかった。

日本人の手先は器用だとよく言われているが、このようなフォルムを生み出す創造性はどこから来るのだろう。今、TPP問題で農業の行方が懸念されているが、日本の骨格が揺らぐのはゴメンである。

不思議なことがひとつある、日本は7割が山に囲まれている、つまり残り3割のなかで米作り、農業をしてきたのだ。

この3割の中から蓑が生まれたわけだ、それを思うと豊かさや幸福というものが如何に尊いものであるか、改め直さなければならない。

 

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