和カミソリ函

この和カミソリ函(正式呼称不明のため、任意の名称)正月に義父の遺品を整理すると言うことで家人の生家に動員され物置から見つけたものだ。

それを目にしたとき子どものようにワクワクし、宝物を掘り出したような気分になった。

義父は、このカミソリを使っていた形跡はなかった、多分義父の父親が使っていたものだと推測する。

 

かなり精巧な作りで素材は檜、上段には砥石が敷かれ、その先に四角い研ぎ汁を貯める溝の仕掛けがある、また底板には研ぐ際の留め具のようなものが施してあり作り手の腕が窺える。

明治時代に売っていたかは知らないが、この出来映えから見て特注であろう。

その片刃カミソリに銘が打ってあったがほとんどつぶれかけていて判読は難しかった、時代は間違いなく明治時代のもの、義祖父の生年月日が分からないが百年は優に過ぎている代物だ。

錆び一つ無かった、恐る恐るそのカミソリで髭を剃ってみた、スムーズとは行かないまでも肌にぴったりと付き地金の艶めかしさに少しおおのいた。

祖父は外科医ということもあり、刃物の扱いは慣れていただろう、家人は祖父のひげ剃りを見ていない、生まれた時には既にいなかった。

今どきこのような和カミソリを使って髭を剃る人はまず少ないだろう、いても数パーセント、切れ味をアップするため研ぐことにした。

包丁研ぎは慣れているが、さすがに和カミソリは難しい、砥石に鉄の華が咲く、刃自体にゆるやかな窪みが出来ているため刃と砥石の角度に難渋する。

砥石には荒砥〜中砥石用、そして仕上げは仕上げ砥石と続くわけだが、普段よりメンテナンスしていれば仕上げ砥石で充分である。

勇んで研いでは見たもの当方の腕が未熟のため、片刃カミソリの切れ味を確認することには到らず、砥石を見ると細かい引け傷が残ってしまった。

 

義祖父の砥石は手入れが行き届いていた、砥石も使えば減っていく、下手なものほど砥石はデコボコになり研磨力も乏しくなっていく、だがこの砥石は見事に平面精度を守り、真っ平らであったのだ。

 

砥石もカミソリ同様手入れが必要で、セットで考えなければならない。悔しいが、義祖父の腕前には適わなかった。

和カミソリと同じく、ハサミ研ぎも難しい、昔試みたことがあり一丁ダメにしてしまったことを覚えている。

片刃カミソリと言えば床屋にもあった、だが和カミソリと床屋のカミソリは形状が違う。

床屋のカミソリ、つまり柄の付いたレザーカミソリである、折りたたみ式になっていて革砥で”パッ、パッ、パッ”とカミソリを研ぐあのカミソリである。

欧米の映画で髭を剃る場面をよく見るが、彼らの使うカミソリはまさしく柄の付いたレザーカミソリだ、シェービングブラシにシェービングソープを泡立て頬を膨らませ剃っていく。

子どもの頃、大人になると言うことはこういうことなのだと、勝手に思い続けていた。

不思議に日本のドラマや映画で髭を剃るシーンを見かけたことがない、要は意味を持たないシーンは無駄ということか……外国映画に見る髭剃りシーン、あれはもしかして次のシーンへ移行するクッションとでも思えば良いのだろうか、決して捨てカットなどではない、画になるから使っているのだと思いたい。

床屋で初めて髭を剃ってもらったのは何歳頃だったか失念してしまったが、なんかこそばゆい感じがしたものだった。

年齢を重ねるが如く髭も濃くなり、朝剃ると夕方には生えてくる髭、鬱陶しくてたまらなかった。

だがその髭もいまや頬から顎辺りまですっかり白くなり、迫り来る老いの始まりをひしひしと感じている始末だ。

和カミソリ函をネットで検索してみた、ひとつとして出てこない、大概のものはヒットするのにカミソリ函だけは論外だったようだ。

となれば、ますますレアものと言うことになる、それにしても昔の指物師 (多分この手のものは指物師が作ったのだと思う) の技法には驚くばかりである。

ネット検索の序でに片刃和カミソリを調べてみた、この手の職人、いわゆる刀匠の数も少なくなりカミソリ自体の値も相当なものらしい。

玉鋼で作り上げた刃物、電気カミソリやT字型カミソリと比べること自体本末転倒なのかも知れない。

余談だが、このカミソリの呼称は奈良時代、中国から仏の教えに依って日本に伝えられたらしい。

今もそうだが、僧侶たちは仏を学び、仏に仕える。中国やインドの僧に倣い頭の髪を剃る、従ってカミソリとは髭を剃る道具としてではなく髪を剃る刃物というところから発しているらしい。

いまやT字型簡易カミソリ、二枚刃・三枚刃T字カミソリ、電気カミソリと髭をそる道具はたくさん増えたが、どれひとつとっても満足するものはなかった。

電気カミソリで剃っても仕上げはT字型カミソリで剃り残しを剃る、いつか義父が遺してくれた和カミソリで白くなった髭を剃ってみたいと思う。

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