アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 63

思わず自宅に持ち帰りたくなる東洋のモナリザ

~ カンボジア シェムリアップ バンテアイ・スレイ 2 ~

9世紀から14世紀にかけてインドシナ半島では、クメール王朝が強大な権勢を奮った。

広大な領土を治めるために壮大な規模の帝都、アンコール・トムをシェムリアップ郊外に造営した。

この帝都から北東約40キロには、ヒンドゥー教の寺院バンテアイ・スレイが建造された。

 

バンテアイ・スレイは、周囲約400メートルの小ぢんまりした規模でありながら、その中にクメールの美意識が充満している。

中央祠堂を中心として3つの周壁や数々の伽藍が取り囲む構図には、シンメトリックな安定感が漲り、訪れた人々の思いを施設の中心臓部う。

建築資材として使われているのは赤色砂岩とラテライトのみのため、カラフルではないが色彩的な統一感を産み出している。

太陽の光を受けると、まるで炎のような真赤な輝きを見せる。

最外周で寺院の正面玄関ともいえる第一周壁の塔門の前に立つと、その美しさに見とれ息をのまずにはおれない。

素朴でありながらも均整のとれた構図と色彩感を鑑賞するために、思わず立ち止まってしまう。

視界の中に寺院全体の構造を捉えながら、ゆっくりと周壁に近寄ると、塔門や壁には精細なレリーフが施されていることに気づく。

第一周壁、第二周壁の塔門には、穏やかな表情でカーラの上に座るヴィシュヌ神が刻まれる。

 

写真(遺跡63-2)

 

ヴィシュヌ神は、細かな細工による植物模様の装飾から浮かび上がってくるかのようだ。

正方形に近い回廊を構成する周壁も、あますところなく緻密な彫刻で覆われている。

 

深く彫られたレリーフによって、ヒンドゥー教の神々や、『マハーバーラタ』の神話の世界が物語られている。

 

砂岩は比較的柔らかな素材ではあるが、石であることに変わりはない。

石材に精巧なレリーフを刻には相当なテクニックが必要であったことだろう。

回廊を巡り最内周の第三周壁の塔門に近づく。

そこから中を覗くと中央祠堂の神々しい姿を見ることができる。

境内に凛とした静けさを放ちながら、赤色砂岩によって形作られた伽藍が佇む。

建物の窓には、アンコール・ワットでも見ることができるスリット状の連子窓が作られている。

 

写真(遺跡63-3)

 

そして壁には16体の女神像が刻まれている。

全てのデヴァター像は同じ衣装と装飾品を身に纏い、一輪の花を頭にかざしている。

蓮の花のつぼみを手にして、腰を小さく曲げる姿には優麗さと気品が漲る。

顔の表情は微妙な違いを見せているが、どの表情の中にも、親しみ溢れる微笑が湛えられている。

 

16体の女神像の中で、中心から少し北に刻まれたデヴァター像は、「東洋のモナリザ」の異名をもち一際目を引く。

唐草模様の額縁の中に描かれるエレガントな姿からは、立体と平面の違いこそあれ、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた美人画を思い起こさせてくれる。

 

写真(遺跡63-4)

 

ところが、このデヴァター像は盗難の危機に見舞われたことがある。

フランスを代表する文豪のアンドレ・マルローが1923年、バンテアイ・スレイを訪れときに、あまりの美しさに魅了されこの像を持ち帰ろうとした。

でも、それは未遂に終わり、バンテアイ・スレイからモナリザの微笑は失われることはなかった。

マルローはこの経験を基にして、『王国』を執筆している。

クメール人の美意識はフランス人をはじめ、世界から訪れる人々を魅了し続けているのだ。

デヴァター像ばかりではなく、寺院の建築や石造彫刻には曲線が絶妙なバランスで活かされ、女性的な柔和さが漂う。

寺院名のバンテアイ・スレイは「女の砦」の意味をもつ。

清純で優麗な美しさに包まれる寺院は、アンコール美術の至宝なのだ。

 

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