向田邦子、食道楽の風景

ドラマが面白くない、ここ二十数年テレビドラマを殆ど見ない。

ドラマと言えばサスペンスもの、あるいは原作が漫画、はたまた人気タレントドラマと言った具合に、こちらの食指を動かすものとは逆行し不如意なものだ。

その原因は当方のオツムが依然と旧弊のままフリーズ状態、それも一理あるかも知れない。

 

それは映画や演劇にも同じような感覚を持つ、昔は良かったなんて言うつもりもない、それこそ野暮と言うものだ。

感じるのは、作り手側の品不足、つまり演出家の乏しさも要因のひとつになるだろう。

デジタル時代になって映像技術は一段と進歩し日本のテレビ局もVFX(CG処理)など取り入れたりして、新規開拓をしているけれどもその頑張りようがはっきり見えてこない。

PCの登場によりいささか情報のスピードが速くなり、若者に媚びようとすればするほど臍を噛むきな臭さが垣間見られる。

若者のテレビ離れは著しいと言われている、その中でテレビの方向性はどこに視点を当てるか、売れ筋のタレントを使えばレーティングは取れる、ある種”下手な鉄砲も数打ちゃ当たる”式の胸算用。

いつまでこのスタイルを踏襲していくのだろう、韓流ブームも底値をついたし、そろそろ新たなドラマツルギーを見てみたい。

 

ドラマと言えば向田邦子さんが最初に浮かぶ、秀逸だった。

遅筆で有名だったらしいが、向田邦子さんが描くドラマは大人の色香を醸し出し、時に生々しく妖しい陰を落としながらも引き込まれる作品が多かった。

その遅筆で面白いエピソードを元NHKディレクター深町幸男氏(あ・うん、続あ・うん等)が雑誌で書いていたことを思いだした。

ドラマのタイトルは忘れてしまったが、主演は森光子さん小林桂樹さん

いつもの如く台本が遅れに遅れたという、ディレクターは出演者たちに作家急病のためリハーサルは中止と告げた。

リハが無くなったことで小林桂樹さんは帰宅し、夫人と共に近くに食事へ出かけたという。

病気で伏せっているはずの向田さんが誰かと談笑をしているではないか、小林さんは気付かぬ振りをして、離れたところに席を取った。

しばらくすると向田さんも気づき、互いに声を掛けづらい雰囲気であったが、彼女から近づきリハーサル中止になったことを謝罪した。

すかさず小林さんは”内緒にしておきますから”とこたえたそうだ。

その数日後向田さんから花が届けられた、”くちなしの花”とカードが添えられていたと言う。

この辺りがなんとも粋で強かでしゃれっ気のある向田邦子さん、遅筆であったけれども気配りが異常なくらい強い人だったのだろう。

 

昨年、不慮の事故から33回忌を迎え、書店には書籍と彼女にまつわるエピソードを盛り込んだ雑誌で溢れていた。

”向田邦子”と表題が付いたものは、つい手に取ってしまう、この人気を二分するのは太宰治向田邦子以外ないではないかと感じる。

”虎は死して皮を留め、人は死して名を残す”と言う諺があるがこの2人はその代表格ではないだろうか。

太宰と向田、共通点は男と女の”つぼ”を知っていたような気がする。

人間の醜さ、儚さ、弱々しさをこのお二方は人並み以上の鋭いアンテナを持っていたのだと思う。

向田邦子さんの小説やドラマはつとに有名だが、趣味嗜好に特別な関心を持っていたこともよく知られている、そのひとつに”うの抽斗(ひきだし)”がある。

個人的に彼女の秘密を覗くように買い漁ったことがあった。

”霊長類ヒト科動物図鑑”のエッセイにこう書いてある、”「う」はうまいものの略である。この抽斗をあけると、さまざまの切り抜きや、栞が入っている。仕事が一段落ついたら、手続きをして送ってもらいたいと思っている店のリストである”と。

中身は津々浦々の特産物、老舗の味等々、よくも集めたと思うほどスチール製の事務整理箱にきれいに畳んだものから少し破れかけた包装紙が無秩序に収納されている、この辺りも向田さんらしい。

部屋はきちんと整理され行き届いているが、本の整理や机上整理だけは苦手らしい。

忙殺の中でどのようにしてうまいものを見つけたのだろうと思っていたら、保険会社勤めであった父親の部下たちが転勤先から土地土地の名産を送ってきたのだそうだ。

自ずと彼女の口は肥え、食道楽の土台が出来たわけである。

子どもの頃からうまいものを食べていたのだから年季は相当なものだ、また父親も彼女に負けず劣らず食いしん坊だったとか。

それが高じてかどうか定かではないが赤坂に妹の和子さんと始めた”ままや”という小料理屋を開いたことがあった。

仕事柄近所にあったその小料理屋に何度も通った、それは何を隠そう向田さんに会いたいからだった。

カウンターにはいつも和子さんがせわしく働いていたが、当人は一度もお目もじしたことはなかった、そして”ままや”は16年前に惜しまれながら姿を消した。

トマトの青じそ和風サラダ、無花果酢みそかけ、若布の油炒め、まさしく向田邦子さんそのものの味だったのだと今にして思う。

51で歴史の幕は閉じてしまったけれど、彼女の遺したあらゆるものは永遠に消えることはないだろう。

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