尊厳と懊悩が交差する、フランス国立芸術家の家

先日2008年にBSで放送されたハイビジョン特集”残照”フランス芸術家の家を観た。

全編ナレーション無しで通すところなど、これまでのドキュメンタリーとは一線を画し、斬新とまでは行かずとも映像手法の奔流から逸れた作りがナチュラルで良かったと思う。

これは演出家が女性であったからか、なにしろ押し付けがましい過度なカメラワークや土足であがるような行為(強引なインタビュー)、哀しみを誘うような作り込みバレバレ等々そのようなものを感じることなく、日常を切り取るシーンの一コマ一コマがシネマティックのように思えた。

フランスは特権階級が幅を利かし(この辺りは我が国と似ているが)スノッブで取っつきにくい国だが、個人に目をやると話は別だ、中には無愛想で偏屈な輩もいるがひとたび気が合うとお喋りは尽きることなく、殊にアートともなると夜っぴて語りつくすあたりこちらもつい調子に乗ってしまうくらいだ。

10代後半の頃はフランス映画中毒とでも言おうか、ヌーベルヴァーグ映画を飯粒のように日々味わってきた、また音楽、美術に於いても貪るように享受したものだった。

だがここへ来て昔のような熱い思いは少しずつぼやけ始めている、かくたる理由も見つからない。

 

ここ数十年ハリウッド張りのアクションをふんだんに取り入れた作品ばかりが目に付き、どこまでも個人主義を貫く映画は既に過去の産物となってしまったようだ。

好みの映画は年々入荷も少なく、映画市場も需要と供給の見定めが厳しい状況だ、配給元も鵜の目鷹の目の形相で買い出しへと急ぐ、売れなければ元も子もない。

早計には言えないが、いまや映画市場は”実”よりもビジネスモードへと舵を切り替え、思考する映画は消え去り単純明快なストーリーがもてはやされる時代になったと言えるのだろう。

PCの台頭により世界の時間軸も早くなり、欲望の画一化が始まっていると感じる。

 

そんな没個性を嘆いていたら、突然画面に現れたのが”残照”だった。

彼ら彼女たちは、第一線をリタイヤした演奏家たちが残りの人生を過ごす老人ホーム”ビーチャム・ハウス”での日常を淡々と描いていく。

この建物は18世紀に建てられた城で、イギリス系貴族の姉妹が30年代末頃に3万坪の別荘地を国に寄付し76年に開設されたもの。

その姉妹たちの遺言は、アーティストたちの養老院として使って欲しいと強い意向から生まれたのだそうだ。

一番驚いたのはお金がなくても入室出来るというところだった、この施設の入居料は約3500ユーロ(約5000万円)だと言われている。

ただし国や県が負担してくれるので入居料は差額分を引かれた料金、しかしそれでも高嶺の花だ。

中には払えないアーティストもいる、その場合は彼らのアート作品を国の管理下に預けられ全額自治体が負担してくれるというのだ。

この辺りが世界広しと言えどフランスが芸術に寛容な国と言われる故である。

そうそうイタリアにもあった、ジュゼッペ・ヴェルディが第一線を退いた音楽家たちのために”音楽家のための憩いの家”を提供していた。

日本でも映画監督や映画に携わった人たちの家が熱海にあるそうだが実体はよく分からない、ここは国や県は全くノータッチであろうと推測する。

老いたアーティストたちにとって各々悩みは抱えている。

フランス語を話せるが母国アメリカへ戻りたいと寂しい表情をするアニメーター、唯一の光りはグラフィックデザイナーとの老いらくの恋。

視力を失いつつある彫刻家がとある美術館で触れた仏像、その表情はまばゆいほど尊厳に近いものであった。

気高さと皮肉屋が入り混じったピアニスト、指の衰えを確認するように毎日ホールでピアノを弾く表情は現役時代の彼女を想像する。

家族から見放されたと思っている画家、そんな中自身の絵が売れたことに狂喜乱舞する。

記憶が遠のく抽象画家の下に待ちに待った親友が訪ねて来る、彼女は病を親友に見抜かれまいと必死に隠す、彼女なりの矜恃がなんとも痛々しく哀しい。

ホールから流れてくるピアノ、そこには視力が弱った彫刻家が彼女のピアノに寄り添うように耳を傾けている。

その二人がレストランでのささやかな食事を楽しんでいる、皿に盛られた肉がよく見えない彫刻家、ピアニストはフォークで彫刻家の口元へ運ぶその様は一見ぶっきらぼうだがその奥には愛を感じてしまう。

迫り来る命の火はいつしか静かに消えるだろう、それでもアーティストたちの表情は豊かさに満ちあふれていた気がする、それはなんだろう。

庭師、医師、看護士、料理人たちが彼らを見守っているからか……いやそうではない、個人個人がアーティストとしての矜恃を失うことなく日々アートと格闘し向き合っていたからなのだと思う。

その格闘に正面から喝采をするフランスという国は案外見捨てたもんじゃない。

日本人が世界に通用する芸術家を数多生み出し、その功績や業績で何々賞という勲章を首にぶら下げるよりも、アーティストたちにとっての名誉は創造性の理解者を増やしていくことに他ならない。

それが貧しきアーティストであってもだ、残り火を照らすのは社会や国そのものである、そんな範例が実現するのはいつの日だろうか。

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