森の悪魔の実

なんという日だろう、

バレンタインデーが雪で覆われるとは、心が冷え切ってしまうではないか。

でもその冷え切った心も一粒のカカオが癒やしてくれるかも知れない。

今頃はデパート、チョコレート専門店は押すな押すなの大盛況だろう。

海外では日本のように女性から男性へチョコレートを贈るという慣習はないが、日本独特の呪術によっていつしか恒例と化してしまった。

 

1958年に一時流行の兆しは見えたが、本格的に世の女性たちを夢中にさせたのは1970年代後半のようである。

通説では販売促進として始まったと言われるバレンタインデー、今や530億円規模の売り上げというからチョコレート業界は笑いが止まらないだろう。

バレンタインデー本来の意味とは違って国内でのチョコレート売り上げ伸び率、そして貢献度は著しいものがある。

その一方でバレンタインデーがどのようにして日本社会に浸透していったか曖昧模糊とし、文化史としての記述がどこにも見当たらないのは少し寂しい気がする。

その甘さの陰の中で、最近のバレンタインデーは少し様相が変化してきたようだ。

以前であれば本命あるいは義理チョコが圧倒的割合を占めていたが、異性へチョコレートを贈ると言うよりも、自分自身にプレゼントするという自己消費型が少しずつ増えてきているという。

時代の流れなのか、見果てぬ恋に溺れ苦味を味わうよりも、ひとり静かにカカオと戯れ甘美に酔いしれた方が賢明だと感じ始めたのだろうか。

 

チョコレートの大本である森の悪魔の実−カカオは中南米で誕生した。

古代から貨幣や、生贄の代用品としても使われたカカオの実は、粉砕し水やトウモロコシの粉と香辛料を併せ泡だて、飲料や媚薬として飲まれていた。

ビターで薫り高い、蜜のように芳醇な飲み物は、イベリア半島からピレネー山脈を越えてヨーロッパ各地に伝播され、贅沢で優雅な飲み物、食べ物へと洗練されていった。

ルネッサンス誕生にかけて栄えた古代アステカ王国の宮廷で、時代を彩りながら黄金のカップで供されたのが冷たいショコラだったという。

そのチョコレートを高めたのがスウェーデンの植物学者リンネ(1707-78)、至極の冠を与えられたチョコレートは今日まで世界中の人々の舌を魅了し続けてきた。

 

カカオの小さな一粒の実には、人知れぬ深遠な歴史やストーリーが秘められている。

 

そんな中、洋の東西問わずチョコレートを愛して止まない作家たちがいた、ザヴァランモーツアルトゲーテロートレック等々数え切れないほどだ……我が国にもその悪魔の実に憑かれた作家たちがいた。

永井荷風森茉莉寺山修司開高健等々、森茉莉以外チョコレートとは無縁に思える面々だが実は殊の外チョコレートには眼がなかったそうである。

口中から立ち所に消えゆくその悪魔の実に思いを寄せ、甘美な一粒を言葉に綴った。

森茉莉、森鷗外が溺愛した娘だ。

美に対する感性が鋭い彼女はエッセイ”貧乏サヴァラン”の中でチョコレートをこのように語っている。

“チョコレートは大人の食べ物…効き目のある鎮痛剤だ”

なるほどチョコレートは一瞬にして偏頭痛を和らげてくれる唯一の食べ物かも知れない、風貌も異彩を放ち、耽美的な文体で知られた彼女にとって書く行為は痛苦であり悩ましいものであったのだろう、その地獄から解放されるのがチョコレートであり、さぞかし口に含んだ一粒の甘さは甘美と至福に満ちあふれていたに違いない。

そのチョコレートは彼女がこよなく愛した下北沢北口市場にあった、百円の英国製のチョコレートを1日に1回買いに行くのが日課だったと言うから筋金入りである、果たしてその味はどうであったかそれは誰も知る由も無い。

言葉の錬金術師と言う異名を持つ寺山修司、彼もまたチョコレートが好きだった。

彼が亡くなって31年が経つ、彼の演劇、短歌そして映画、そこから様々なものを学び育てられたと言っても過言ではない。

“死んだ母さまいとしくて チョコレットをかじったら 赤い天幕の暗闇に 踊る影絵の人さらい”

この短歌はパリで付き合っていたロゼリという女性を表現したもの。

ロゼリとはどんな女性だったのだろう。

寺山は冷蔵庫に冷やし「パキッ」と折って食べるのが大好きだったという。

チョコレートをチョコレットと発音するのが僕の癖と寺山は書いている、まさにその響きは硬さを連想させる、彼の言葉から発せられる東北なまりのような柔らかさとは違っていた。

チョコレットは舌触りは甘いが、いつも悪い夢がつきまとうと寺山は書いている、どんな悪夢が寺山を襲ったのだろうか……父親を早くに亡くした寺山は母子2人の生活を余儀なくされ、母親とは一時期離ればなれの生活があった。

その切ない思いをチョコレットに託し、気がつけばその強い思いが情念のように”パキッ”に繋がっていったのかも知れない。

森の悪魔の実と言われたカカオ、4000年という歴史の中で育まれた甘い悪魔はこれからも人をあらゆる場面で誘い続けることだろう。

関連記事

アーカイブ

ページ上部へ戻る