父から譲り受けたビクトリノックスのナイフ

猛吹雪の中、愚かにも渋谷へ出かけた、ビクトリノックスのナイフを見たいがために文化村ギャラリーへ赴いたのである。

この六花はこれまで経験したことのないほど身体が凍り付くような日だった、降り止まない雪、どんどん傘が重くなっていく。

手はかじかみ足下も危ういほど路面はぬかるみ、後方から迫り来る車にも気が付かず、雪はあらゆる方角から容赦なく攻めてくる。

“スイスの機能美-ビクトリノックスの130年”既に終了しているが、不幸にもこの猛吹雪以外時間が取れなかったのである、当然ギャラリーはがら空きだった。

抽斗に切り出しナイフがある、鞘はゆるゆるでその意味を持たない。

これは15歳の時、父から譲り受けたもので、鉛筆を削るとき、家具を作るとき、様々な用途で使っている。

工作用具と言うより、今や体の一部と言った方が良いかも知れない。

利き手にフィットするこの感覚、手垢がすり込まれその垢が使い込んだ分だけ窪んでいる気がするからだ。

刃の角度は15度ほどの傾斜、尖端は欠けてしまって細かい作業は出来ないが、五本の指に吸い付くように私を迎えてくれる。

何ヶ月も机にしまい込んでいても、それを取り出し握りさえすれば時の長さなど関係ない、あっという間に掌に同化する。

1度握れば下手な図面など書かなくとも、人差し指と親指がイメージの行きたい方向へ案内してくれるのだ。

 

これまで様々なものを作ってきた、誰に頼まれたわけでもなく、気が付けばナイフを握っていた。

思えば父も庭先で背を丸くしながら作っていた、傍に近寄ると鼻息荒く木を削っている、何かに取り憑かれたように、今でもあの光景は脳裏から焼き付いて離れない。

時折日差しに反射しピカッと光る刃の輝き、その光は決してはがねから放つ光ではない、何事にも屈しない力強さが乱反射し放たれているのだろう。

 

そして、20歳の時にビクトリノックスのスイスアーミー7徳ナイフをもらった、トラベラーツールとして有名な代物である。

 

切り出しと7徳ナイフ、父親からもらったのはこれで2度目、その何れも無言で掌に渡してくれた。

守り刀としてではないだろう、また護身用としてくれたのでもない、言葉少ない父であるが理由はなんであるか分からないが今でも大切に使っている。

父からもらったビクトリノックスのナイフ、その原点を見たかったのだ。

このようなナイフを友人に見せたりすると、返ってくる言葉は戦場で使うアーミーナイフね、と誰もが口を揃えて言う。

違うのだ、武器ではない、もちろんビクトリノックスナイフは軍隊から生まれたものだが、”スイスアーミーナイフ”本来の意味は持ち物の修理や野外活動のために作られたコンパクトな道具箱のことだ。

切り出しナイフと違い、スイスアーミー7徳ナイフは常にブリーフケースに忍ばせ必要時に使っている、外出先で突然の宴に力を発揮するワインオープナーであったり、ほつれた糸を切るハサミであったり、のこぎりも時に役立つこともある。

この7徳ナイフ一本あれば、いざというとき助けになるのがこのナイフだ、大ナイフ、小ナイフ、缶切り、ワインオープナー、小ハサミ、プラス・マイナスのドライバー、のこぎりと言った具合である。

これまですべて使ったわけではないが、携帯性と機能美に優れた頑丈な道具である。

ビクトリノックスが誕生し、今年で130年を迎えるという。

それを記念し、会場には約300点ものスイスアーミーが出揃った。

 

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ビクトリノックスのクロスを象ったマークは、スイス国旗とそれを守る盾「クロスアンドシールド」をトレードマークにしたらしい。

ビクトリノックスの創設者、カール・エルズナーが1884年に小さなナイフ工房を開き、それまで自国スイスメイドでなくドイツのゾーリンゲンが軍隊で慣例として使用されていた、それを翻したのがカール・エルズナーの作った”ソルジャーナイフ”、以来スイスの陸軍は地産地消のナイフとなった。

展示会場に設営された”ビクトリノックス・クリエイティブ・ラボ”、円形を模したテーブルのような形で、これまで開発してきた歴史を刻むアーミーナイフはバラエティに富んでいた。

目を引いたのは企業名が印字されたノベルティナイフ、世界の名だたる企業から日本の有名企業までオリジナリティ溢れるデザインが一堂に集められ、堅牢なアーミーナイフは地球規模で愛されているようだ。

但し、1度もそのノベルティナイフにお目に掛かったことはない、果たして切れ味はどうなのだろう、そんなことを思いながらクリエイティブ・ラボを見廻していた。

それと同時に目を見張ったのは、会場の一角に据えたアーミーナイフ工房、そこでナイフの製作が行われていたと言うことだ、残念なことに時間が合わず見学することができなかった、職人は日本人……それともスイス人であっただろうか、とても気になるところだ。

20歳に父から譲り受けたアーミーナイフ、あれからいくつもの季節が巡っていった、そのナイフは静かにブリーフケースに眠っている。

これからもこのナイフと共に歩んでいくことだろう、日本の雄”肥後の守”とはひと味違う堅牢でしかも機能美に満ちあふれたアーミーナイフ、男心を擽るには申し分のない道具である。

 

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