肉料理中心のヨーロッパの内陸部で希少な味覚を放つ淡水魚
~ チェコ料理 フライド・トラウト ~
四方を海に囲まれた日本は、様々な海の幸に恵まれている。
温室栽培や保存技術の発達によって、野菜や果物からは季節感が失われつつあるが、海からの恵みには、まだまだ季節感が残されている。
特に寒い冬の鍋料理では、旬の魚介類が味わいを深めてくれる。
ヨーロッパ大陸の内陸部に位置し、国土が海に面していないチェコでは、海の幸は極めて乏しい。
交通の発達した現在では、周辺諸国からチェコに海産物が届けられるようになってはいるものの、その鮮度には疑問を感じないではいられない。
チェコの食卓では、肉料理が中心となる。
各種の肉を柔らかく煮込んだり、オーブンで焼いたりしたりすることが多いようだ。
チェコ料理の特徴を一言で表現するとすれば、隣国のドイツ料理を少しマイルドにした料理と言うことができる。
どうしても、地理的な条件から食材が選ばれてしまうのだが、肉料理ばかりでは飽きがきてしまうだろう。
魚好きの日本人だと、新鮮な魚を食べたくなるところだ。
チェコの人々も同じ発想なのだろうか、魚を食材として用いることもある。
でも、その魚は海の魚ではなく、真水に住む淡水魚だ。
川魚であれば、海がなくても育つことができる。
でも、食卓に上る魚の種類は豊富なものではなく、コイとマスに限られる。
コイはクリスマスから年始の時期に多く食べられる季節料理だ。
コイは魚類の中では寿命がとても長く、長寿を願う年末年始の時期の縁起ものとされているのだ。
これに対して、マスは一年を通して頻繁に食べられている。
チェコの西部から中部地方に位置するボヘミア地域には、人工の池が数多く作られ、マスの養殖が盛んに行われている。
海をもたない国民に貴重な魚を届けているわけだ。
希少価値をもつマスを素材として、レストランや家庭で様々なレシピが考え出されている。
ハーブやバター、ニンニク、リンゴ、ナシ、クリームソースなどから適当な食材を選び、マスとともに、焼いたり、炒めたり、揚げたりする。
バラエティー溢れる料理の中でも最も人気があるのが、フライド・トラウトだ。
新鮮なマスから頭、尾、ヒレの全てを取り除き、レモンや塩をふって寝かせる。
下味がしっかり浸み込んだマスを小麦粉、溶き卵、パン粉で包む。
最後に油で揚げればフライド・トラウトが完成する。
調理方法は日本でもよく利用されるが、日本の国内ではマスのフライを味わった経験はない。
カラッと揚げられたマスからは、香ばしい香りが漂う。
これに特製ソースをかけたり、ハムを散りばめたりすることもあるが、レモンをギュッと絞ってふりかけ、パクリと食べるのが最も一般的な食べ方だ。
日本人の中には淡水魚は生臭いという先入観をもつ人も多いようだが、マスのフライには生臭さなど全くない。
白身の魚にも似たあっさりとした味わいをもつ。
こってりと濃厚な味わいの肉料理のインターバルに味わう淡水魚の料理は、きっとチェコ人の胃袋を休めさせてくれることだろう。
日本でマスを用いた料理として最初に頭に浮かぶのは、北陸地方、富山県の郷土料理、マス寿司だ。
「マス寿司いらんかえ」の呼び声とともに、駅弁としても販売されることがある。
サクラマスを発酵することなく、酢で味付けをした押し寿司の一つだ。
世界中で日本にしか存在しない料理だ。
同じ食材を用いる場合でも、世界各国、全国各地で特徴的な調理方法で料理される。
いわゆる「ご当地グルメ」が誕生するわけだ。
一つの食材を多様の調理方法で味わえば、それまでに気づかなかったフレッシュな素材の味わいを体験することになる。