ハイレッド・センターたちの企て-半世紀前の攪拌

地下1階にあるその会場にはどこか不穏な空気が漂っていた、、、

ジュラ紀より忽然と現れたオーバルのようなフォルムをした琥珀色のオブジェからの誘発だろうか。

そのフォルムはアクリル樹脂で出来ており、目を凝らして覗き込むが即座にその中身がなんであるか分からなかった。

よくよく見るとそのフォルムの中に収められたものは、こまごました日用の雑貨であった。

身体の器官を一瞬にしてアクリル樹脂に封じ込めたようなオブジェ、それは画布とは比べようもないほど有機的で受胎告知の装置のようにも思える。

その中で時が停止し、限りある生命体が眠りに就こうとしていた。

マテリアルは日常の延長線上にある産物ばかり、脈絡のない事実など存在しない、存在するのは事実の裏に潜む難解な組織だけ。

この作品は”コンパクトオブジェ(62年)”中西夏之氏の手によるもの、彼の言葉によると”宇宙の貌がそうだと想ったからだ”と語る。

惑星が混沌の中を漂泊する、ひとつの生命体であることを教えてくれたのかも知れない。

また、このコンパクトオブジェの持ち主が澁澤龍彦旧蔵であったということも頷ける。

 

渋谷の区立松濤美術館において”直接行動の軌跡展”が催されている、半世紀前東京オリンピックが開催された年に、ラディカルな活動を展開していたグループ、今回はハイレッド・センター結成50周年を記念したものである。

その中の1人が中西氏、名付けて”ハイレッド・センター”。

当時、血気盛んな3人の若者たちが匿名の行動により平穏な日常の中に”芸術”を持ち込むことで、退屈な日常を”攪拌”しようと街へ繰り出し実験を試みたのである、この会場に展示されたものを一見すれば街が騒然としたであろうと想像できる。

日本の戦後美術の”サラダボウル”であった読売アンデパンダン展が崩壊したとき、ハイレッド・センターのアヴァンギャルド芸術家たち(高松次郎氏、赤瀬川原平氏、中西夏之氏)は既成の芸術の概念を破壊し、新しい”芸術”へと前に踏み出した。

ハイレッド・センターとは、3人の姓の頭文字の英訳(高松のHi、赤瀬川のRed、中西のCenter)を組み合わせたもので、このあたりも匿名という名を付けた所以なのだろう。

 

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会場にはオブジェ以外にモノクロの写真が展示されていた、その写真一つひとつが今となっては腹を抱えて笑ってしまうほどユーモラスで、社会に対する痛烈な批評が窺える。

山手線車内で白塗りをした男、それは寺山修司の”田園に死す”の場面を連想させる、白塗り男は乗客になにか語りかけている”山手線のフェスティバル”のカットや、”首都圏清掃整理促進運動”と銘打った銀座の並木通りの路上で白衣を着た男たちが黙々と清掃をしているシーンでは、何事もなかったかのように男が無表情で通り過ぎて行く。

帝国ホテルの一室において等身大の核シェルターを予約販売する”シェルター計画”、彼らはパフォーマンスによって時代の辛辣さと恐怖を表していた。

はたまた新橋駅ではヤクザに絡まれる写真や、顔中洗濯バサミに覆われた男……そこから垣間見られる傍観者たちの顔は唖然とした顔で、まさに退屈な日常をひっくり返す企てが着実に行われていたのだ、平穏な日常が如何に陳腐であるかを彼らは市民たちにこれでもかと見せつけていた。

忘れてはならない作品があった、赤瀬川原平氏の”模型千円札”、実物を見たのは初めてで、それはそれは精緻な出来映えであった。

また複製印刷のパネル化した作品は畳一畳までとは行かないがかなり大きな作品も展示されていた。

当時この千円札を模した作品が法に抵触するか否かで争われた裁判があった、この作品はハイレッド・センターのテーマである退屈な日常を”攪拌”する、これから発した作品であったのに赤瀬川氏のモチーフは芸術品とは呼べないと、「通貨及証券模造取締法」(通貨及び証券に紛らわしきものの製造、販売の禁止)違反の嫌疑によって起訴されたのであった。

芸術とは何かの論議が裁判の中で交わされ、そこには多くのアーティストや思想家、評論家たちが赤瀬川氏の弁護人として立ち会い法廷の場で芸術の立証を争い控訴した、がしかし控訴は棄却され有罪が確定してしまった。

芸術を法の下で裁くことが可能なことなのか、アートが法に晒され市民は好奇な目で眺めていた。

国家の熟成は文化度だと思う、だがその国家の足下が脆弱であったことが露呈し、後味の悪い印象を受けたことは否めない。

傑出した文明批評そして文芸評論家として積極的活動した、故加藤周一氏が”科学と芸術の違いに”ついての記述がある。

”科学と芸術と違うところは、他人がその経験によって得た知識を、科学者はそのまま使うことが出来るが、芸術家には使えないということである。

主観的な感動の切実さが一文の足しにもならないのと同時に、知的な解釈は時間の浪費に過ぎない”と。

つまり、芸術は芸術という枠には収めきれない創造性のものであり、なにびともその領域を侵すことの出来ない産物なのだ。

赤瀬川氏は裁判という忌まわしいもので代償を負ったが、ハイレッド・センターはこれによって彼らの存在は世に一段と知らしめられた、なんとも皮肉な話である。

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