鉛筆削り器と肥後守

今や古典的とも言われる鉛筆削り器が机の端にいつも置いてある、

この削り器は30年前に購入したもので既にこの会社は無くなっている。

大本はC. Howard Hunt Pen Company、ペン先などを製造していたメーカーだが、1925年にBOSTON社を買収し、BOSTONブランドの鉛筆削りの製造を始めた。

だがこのBOSTON幾度も買収の憂き目に遭い、その歴史は長く続かず、その後BOSTONブランドはナイフの老舗”X-ACTO”に売却され販売を始めた。

BOSTONブランドをそのまま引き継いだと思われたが、悲しいかな製造はメイド・イン・チャイナ自ずとその出来映えは分かるというものだ。

この削り器見かけは良いが正直削りは荒かった、メイド・イン・チャイナほどではないがやっぱり作りは”アメリカ”だった。

ガリッガリッと引っかかるような音と削りの仕上がりがウロコの付いた魚のようで美しくはなかった。

黒とシルバーのカラーに丸みを帯びたフォルムが気に入り買ってはみたものの、いつしか埃をかぶる存在になってしまった。

キーボードを打つ度に、時折その削り器を眺める、”おい、たまには使えよ”ってそんな声が聞こえてくる気がして慌てて目を逸らす。

 

使わなくなって二十数年、まるでオブジェのように机の端に鎮座しているBoston Vacuum Mount pencil sharpener、だが家族からは暗雲立ちこめるような雰囲気が襲ってくる、仁王様が言う”即廃棄”と。

すかさず、毎日使っていると嘘をつく、欲しくて買ったもの故、捨てるには忍びない。

ネットオークションあたりでは盛んに売られているようだが、当方がこの世から消えるまでは机上に静かに眠っていて欲しいと願うばかりだ。

子どもの頃は、鉛筆を削るのは肥後守(簡易折りたたみ式刃物)かもしくは切り出しナイフが常だった。

鉛筆削りと言えば国産の削り器か小型の鉛筆削りぐらい、電動削り器も登場した、でもそのようなまがい物には一切興味を惹かなかった。

小学校ではナイフ持ち込み禁止と言われている、また6センチ以上であれば銃刀法違反となり御用になる。

ナイフは危険だと簡単に決めつけては良くない、危険なものは街中にはびこっているし、人をあやめるものはどんなものでも凶器になるのだ。

大人になってナイフを使い始めるよりも、子どもの頃から使い慣れていた方が良い。

誤って指を切る、その痛みと口に含んだ血の味がどんなものか、その体験は得がたく尊いものだ。

切れ味が悪いものほど危険極まりない、以前コラムでも触れたが砥石で磨くことも当たり前のように覚えていく。

蛇足だが愚息が三歳の折、包丁の研ぎ方を教えた、仁王様は鬼の目のようになり制止したがやり通した。

そのお陰かどうかは分からないが、今では砥石の研ぎ方もナイフの使い方も見事である。

 

向田邦子の”父の詫び状-子供たちの夜”のエッセイに母親が夜更け近く子供たちのために鉛筆を削る模写があった、あのくだりはほろっとしてくる。

 

”子供たちが母のけずった鉛筆が好きだったのは、けずり口がなめらかで書きよかったからだけではなく、そこに母の”「愛情」を感じとったためである”今時このような風景はないと思う、きれいに削られた鉛筆が筆箱に整然と並ぶ景色は胸が空くほど快感だ。

鉛筆を削るという行為は学生時代までだろう、その後は使ってもボールペン止まりだと思う。

世の中タブレット、またはキーボードで事足りる時代になってしまった。

指の平は敏感になったが、鉛筆で文字を書くこと自体忘れてしまったような感がある、強く書くとポキッと折れる芯、電動で削るのも良いがナイフで削ってみるのも時には良いものだ。

鉛筆を強く握るクセがあったのか、いまもペンだこが消えない。

中指の第一関節にはペンだこがシコリのようになってしまって、鉛筆削りを使えばこの塊は落とせるだろうか、と考えたこともあった。

中指だけほんの少し右に傾斜している、それを支えるように薬指が右傾化しないよう頑張っていてくれる、有り難い。

長年連れ添った手、甲の皺が年々増えていく、右手と左手、皺の数が違うのだ。

見間違いだろうか、でも確かに違う、利き手の方が皺の数は多い。

きっと涙を拭う手が右手なのだろう、涙の落ちた分だけ皺が増えたのかも知れない。

右手の掌、手首近くに3ミリにも満たない黒いほくろのようなものがある。

小学生の時に誤って鉛筆の芯を刺してしまった痕だ。

こんな経験誰しもあると思う、自慢できるものではないが、その黒点を見る度に幼かった自分がよみがえってくる。

針かなにかでその”ほくろ”を削り出そうとなんどか試みたものの、取れることはなかった。

取れるはずもない、芯が入っているのではなく皮膚に色が付着しているだけなのだ、こいつもとも長い付き合いである。

今やPCやスマホで言葉を伝えるのが主流となってしまったが、それでも文具店には数え切れないほどの鉛筆が並んでいる、その鉛筆から放たれる匂いがたまらなく好きだ、だからBOSTON削り器は手放せない。

 

KC3Z0181

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