アジアの遺跡に見る時空を超えたアート 68

パールスィーの人生最後の功徳

~ インド ムンバイ 沈黙の塔 ~

手足を自由に動かし生き続ける人間にとって、死後の世界を想像することは不可能だ。

肉体から分離した魂は生き続け、霊界を浮遊するという話もあるが、来世は未知の世界であることに変わりはない。

現代の日本では遺体は火葬場で焼かれ、遺骨を土の中に埋葬されることが多い。

これが常識となってはいるが、火葬が普及したのは第二次世界大戦後のことだ。

古墳時代までその痕跡を捜すと、前方後円墳などの土葬の跡が近畿地方を中心に数多く残っている。

戦前までは死体が焼かれることなく、土葬されることが多かったようだ。

戦後になって都市化が進展するにつれて、火葬が広まり定着したのだ。

 

埋葬方法には地域ごとに固有の文化があり、世界に視線を広げれば多種多様の埋葬方法がある。

エジプトのピラミッドに安置されるミイラは、世界史において特筆すべき埋葬方法と言えるだろう。

死者の霊魂は肉体を離れても生き続け、楽園のアアルに入ると信じられた。

人間の魂の不滅を願った証かもしれない。

ミイラは古代エジプトの王族などに限られた埋葬方法だが、一般的には地域に生活する人々の宗教観によって、その方法が定着する。

土葬や火葬は、仏教の宗教観に根づいて定着したものだろう。

 

キリスト教やイスラム教をはじめ、世界的には様々な宗教が存在する。死生観は各々の宗教で大きく異なり、埋葬方法にも特徴がある。

中でもゾロアスター教の埋葬方法は、日本人から見ると特異に感じられる。

鳥葬という独特の方法がとられ、遺体を鳥に啄ませるのだ。

日本で同様の処理をすると、死体損壊罪を犯すこととなるため、日本ではありえない。

 

ゾロアスター教は拝火教とも呼ばれ火を神聖視しており、火を含め、空気、大地、水を人間の死体という不浄なものによって穢してはならないという価値観をもっている。

 

そのため、火葬、土葬、水葬などの葬制をとることができない。

自然を汚すことがないように、鳥葬が用いられているのだ。

ゾロアスター教の価値観では、鳥に死体を与えることが人間にとって最後の功徳とされているのだ。

 

ゾロアスター教の信者は、かつてこの宗教を国教と定めたサーサーン朝ペルシア帝国に位置するイランを中心に周辺各国に分布している。

パキスタンを経由してインドにも広まった。

 

インドではゾロアスター教徒を「ペルシアから来た人」という意味をもつ「パールスィー」と呼ぶ。

ヒンドゥー教徒の多いインドだが、西部のムンバイにはパールスィーが数多く生活している。

インドの経済を牽引するムンバイの郊外にはマラバール丘の森が広がり、その中に沈黙の塔と呼ばれるパールスィーのための施設がある。

赤褐色のレンガ造りの円筒型の塔は、極めてシンボリックだ。

 

写真(遺跡68-2)

 

異教徒が神聖視する建造物や、何かの記念塔であれば、青空に映える塔の姿を仰ぎ見ることができるのだが、鳥葬のための塔と聞かされると身がすくむ思いだ。

ハゲタカなどの猛禽類が、先端の穴から塔の中に入り遺体を啄むのだ。

塔の内部の床は斜面になっており、斜面の矩形の窪みに外側から男性、女性、子どもの遺体が順番に並べられるという。

遺体を安置する窪みには、雨水や体液などを流し出す溝が作られているらしい。

白骨化した死体は中央部の井戸に集められる。

かつては塔の周辺にハゲタカが群がり、遺体は1日あれば分解されたようだが、近年では猛禽類が減少し数週間要するようになってきている。

死体処理施設が高級住宅街に隣接していることに驚かされるが、ムンバイに暮らすゾロアスター教徒が、人生最後の功徳を行う場所として機能し続けることだろう。

写真(遺跡68-4)写真(遺跡68-3)

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