武士のアイデンティティ、花押

今やクレジットカードを持たない人は、皆無に近いと言えるだろう。

時に束になったカードを財布からこれ見よがしに見せつける御仁もいたりするが、近年はカード審査が厳しくなり容易く作れない時代になっている。

日本でスタートしたのが約50年前、財布を持たずに買い物するにはとても便利なカードである。

一方危険も伴う、身の丈知らずにカードを多用し、ローン返済が出来なくなりカード破産に追いやられるというケースがニュースで見られることもあった。

また、妙なランク付けもある、ブラックカード、プラチナカード、ゴールドカード、そして一般のクレジットカードとヒエラルキーができている。

因みに1番高いと言われているブラックカードは、アメリカの某クレジット会社が発行したカードの色が黒かったことから名前が付いたらしい、その後他社も黒を最高級カードと位置づけ発行し始めたという、但しカードフェイスが必ずしも黒とは限らないのもあるとか。

人間の業が色づけを始めると際限がなくなる、カード本来の意味から逸脱しステータスとして持つ者もいたりする。

これは持たざる者のひがみかも知れない、数年前まで某クレジットカードを持っていた、殆ど使ったこともないカードに会員費を毎年払うのがばからしくなり止めてしまった。

いつだったかカードで飲み代を支払っていた時、傍にいた知人が”ほぅ、我々庶民とは違うなぁ”と一言、皮肉交じりにも似た物言いで冷笑を浮かべたことがあった、以来カードが必要な際は気付かれないように支払ったものだった。

 

さて、そのクレジットカード支払時にサインを求められるわけだが、必ずしも書体がいつも同じとは限らない。

なぐりだろうが、走り書きで書こうがすんなり”関所”は通ってしまう、はてサインを書く必要はあるのだろうかといつも気になっていた。

映画などで、小切手を切る際にサインをスラスラと書いて相手に渡すシーンがあるが、本人であるという確証はどのようにして見分けるのだろうか。

”サインは読めなければいけない”と、フランスの故ミッテラン大統領は言っていたそうだ。

筆記体を崩した判読不可能な文字は現実フランスではまかり通っていて、ある種王侯貴族文化の名残をミッテランは揶揄したのだろうが今も厳然と存在している。

兎にも角にも国によって署名の有り様は様々である。

日本はハンコ社会と言われている、例えば銀行などで通帳から金銭を引き出す時(通常はキャッシュカードで済ますが)サインではなくハンコである、それも通帳に登録した同じ印鑑でなければならない。

以前、通帳がどこに置いたか忘れてしまい新規のものを作ったことがある、しかし通帳に記した届け印がどれだったか忘れてしまい痛い思いをしたことがあった。

日本に於いては三文判、シャチハタ、認印、実印、角印、訂正印、仕事印等々数多あり、その役割によって用途が違ってくる、本当に面倒くさいシキタリである。

中でも自署の極めつけは”花押”、聞いたことあるだろうか、一種サインの変形である。

草書体で書いた署名をくずしたもの、また形が花文から生まれたことから花押となった。

 

中国から生まれた花押が日本に伝わったのは、奈良時代とも平安時代ともいわれている。

その後独自の進化を遂げ、朝廷の高官が花押を使用し始め、武士も花押をサインとして使用するようになったといわれている。

花のように美しいということから花押と呼ばれるようになった。

高名な大名たちの花押がいまでも資料館などに残っていて、ある種マークや記号のようにも思える。

手紙などの署名の下に花押を書くことによって、文章の真贋を証明するわけだ。

しかし、戦国時代の武将たちは合戦などで敵を欺くために画策する偽の花押も幾度となく使われたりもした。

中でも花押の代表例は戦国の雄”徳川家康”だ、天地の二線を基本にして作られた書体で徳川判とも言われている。

字画も少なくシンプルなところが特徴で、その辺りが人々を惹き付けたのだろう、やはり天下人の影響は大きく徳川判の人気は津々浦々に広がっていったという。

その花押は現在も生き続け、各省大臣たちも公用で使う人物も中にはいるという、但しデザインは専門家に任せるとのことだが。

世界広しと言えども、花押は日本人としてのオリジナリティをアピールできる唯一の表現方法と言っても良いだろう。

創造性の乏しい我が国にとって、これほど完成度高い造形美溢れるクリエイティヴなものはない。

匿名性の高い現代社会に於いて自分の名前を書くということ、それは誓いを意味し謂わば自分の分身ということになる。

他方、デジタル化が激走する中で、自身を証明するものがIDやパスワードで認識される時代となった今、個々のアイデンティティはどうなっていくのだろう。

せめて先人たちが編み出した花押だけは、これからも消えることなく進化し続けて行って欲しいものだ。

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