数多の”タグ”を持つキューブリック

2013年劇場で映画を観たのは数えるほどであったが、その中で気になったのが、スタンリー・キューブリックの「恐怖と欲望」だった。

キューブリック特有の”一点透視”とは一線を画した稚拙な映画であったが、若干25歳という若さから来る頑迷なまでの執念が見て取れた。

画面構成は後のキューブリックを彷彿とさせるシークエンスがいくつもあった、例えば影を駆使した演出方法やカメラワークだ、だがそれでも作りは粗雑さを禁じ得なかった。

 

なんと言ってもこの映画の売りは、幻の劇場映画デビュー作という点にある。

その幻と言われた映画も、キューブリック監督自身の手によって封印され、しかも親類から借金してまで創った作品であったのになんとも勿体ない。

理由は明確ではないが、低予算によるクオリティの低さや役者の力量不足等々が露見し、彼にとってはたまらくいやだったのだろうか、この辺りがキューブリックの生来のキャラクターがはっきりと現れている。

しかしけなしてばかりではない、男性陣たちに囲まれた一輪の花である失語症の少女から垣間見られる色香と死という最期はまさしくキューブリック色を申し分ないほど表現していた。

“恐怖と欲望”という作品は、某国で起こっている架空の戦争を舞台にした4人の兵士たちの物語で、数名のキャストとスタッフにより低予算で製作された作品だ。

日本の時代劇ではないが切られてはまた別のシーンで登場すると言った具合に、この映画でもそのような手法が使われていた。

敵と味方が同一人物で演じられるという子供染みた安易な演出法。

 

公開時は批評家などからは好評だったが、完璧主義者として知られるキューブリックは”素人の仕事”として、多くのプリントを買い占めることで封印してしまった。

現在、残されているプリントは、ニューヨーク・ロチェスターのコダック・アーカイヴに保管されている1本のみだという。

数え切れないほどのテークを撮る完璧主義者、映像に関わるもの全てにとことんこだわる偏執狂、人との接触を嫌う隠者、このような”タグ”がキューブリックには付いて回るくらいとにかく変人だったことは確かだ。

2001年宇宙の旅、シャイニング、時計じかけのオレンジなど革新的な映像で世界中の映画ファンを熱狂させてきた巨匠スタンリー・キューブリック。

 

サム・ペキンパー監督は暴力肯定こそがアメリカ人気質の要と言わしめたが、その反対を行ったのがキューブリックだった。

 

ペキンパーのような暴力への愛着は見せず、その現象をおどろおどろしい手法で描く映像作家がスタンリー・キューブリックであったと思える。

恐怖と欲望は、昨年2012年3月にニューヨークのリンカーン・センターにて開催された「ニュー・ディレクター/ニュー・フィルムズ」という新人監督に焦点を当てたイベント上映の中の一プログラムの一環として上映され、大きな話題となったと言う。

同年、反響が大きかったと言うことで本国アメリカにてテレビ放送がされた。

スタンリー・キューブリック(1928〜1999)は医者の子どもとして生まれた。

高校時代の望みはジャズ・ドラマーになることで、時折演奏をして楽しむほどのマニアだったという。

キューブリックのカメラ好きは有名だ、ルーズベルト大統領の死を扱った写真がカメラ雑誌”Look”誌に買い取られたこともあり、それが縁でLookにカメラマンとして入社する。

数多い監督の中でキューブリックほどカメラ技術に造詣の深い人はなく、2001年宇宙の旅での新しいアイディアの数々は新しいカメラ技術に関する教科書となったという。

キューブリック最期の作品”アイズ・ワイド・シャット”は劇場公開前に心臓発作により遺作となってしまった。

初めてメガホンを持った恐怖と欲望の作品からアイズ・ワイド・シャットまで、色香の足跡は消えることなく見事に開花していった、あれから14年の歳月が経つ。

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